北野天満宮 Part.2

今日からは摂末社の案内をしよう。

画像はクリックで別窓拡大する。


末社・文子社(あやこしゃ)

割合小ぶりでシンプルな末社だが、ご祭神は

多治比文子
たじひのあやこ


さま、相殿は

神良種 さま
みわのよしたね

太郎丸 さま
たろうまる

最鎮 さま
さいちん

の三柱である。

多治比文子さまは菅公の乳母であった女性とされている例もよく見かけるが、これはありえない。神社には京都の七条に住んでいた巫女少女(神託を受けた当時少女であった)であると紹介されているがこちらが正解だろう。

と言うのも、文子さまは西暦942年に神託を受け947年に下に書いた通り菅公をお祀りすることになった。この年、菅公が生きていたら102歳である。

102歳の人の乳母だから若くても15歳プラスしても117歳。そのの女性が生きていて神託を受け神社を創建することができるとするならば、こっちの方が凄いような気がする。
(笑) 

なおこの頃の乳母(めのと)と言うのは自身が近い時期に出産した人で母乳が出る人だけでなく、地位の高い人の子供のお世話をする人全部を乳母と言ったらしい。従って数は少ないものの男性の乳母もいたそうだ。

また、太郎丸さまは文子さまに遅れること5年、滋賀県で神主をされていた父君の神良種さまのお子様として7歳の時に文子さまと同じ御神託を受けている。

最鎮さまは、そのご神託に指定された北野の地にあった朝日寺の僧侶である。

そのことからこの4人が力を合わせて北野天満宮を創建されたという事だ。




末社・神明社(しんめいしゃ)

ご祭神は

天照大神 さま
あまてらすおおみかみ

豊受大神 さま
とようけおおかみ


すなわち伊勢神宮のご祭神さまである。




平入社殿の八社。北野天満宮には他にも複数社の社殿がいくつかあるので、それらは社名とご祭神だけをまとめて紹介させてもらう事にしよう。ご由緒を全部書くのはさすがにキツいし、読んでいただく方も退屈だろうから。

この八社を含め複数社殿の建物にあるのはすべて末社だ。

火産神(ほむすびのかみ)さま、興津彦神(おきつひこのかみ)さま、興津媛神(おきつひめのかみ)さまをお祀りする荒神社(こうじんしゃ)。

高龗神(たかおかみのかみ)さまをお祀りする貴布禰社(きぶねしゃ)。

小槻宿祢今雄(こづきのすくねいまお)さまをお祀りする今雄社(いまおしゃ)。

日本武尊(やまとたけるのみこと)さまをお祀りする早取社(はやとりしゃ)。

菅公の眷属神さまの御霊(みたま)をお祀りする御霊社(みたましゃ)。

菅公のご息女さまをお祀りする安麻神社(あまじんじゃ)。

瓊瓊杵命(ににぎのみこと)さま、天児屋根命(あめのこやねのみこと)さまをお祀りする高千穂社(たかちほしゃ)。

十川能福(そごうのうふく)さまをお祀りする福部社(ふくべしゃ)。





こちらは上で紹介した西側の八社とともに境内の北西角をなす北側の十二社である。社名・ご祭神は以下の通り。

崇道天皇(すどうてんのう)をお祀りする崇道天皇社(すどうてんのうしゃ)。

吉備真備(きびのまきび)公をお祀りする吉備大臣社(きびのおおおみしゃ)。

伊予親王(いよしんのう)をお祀りする櫻葉社(さくらばしゃ)。


度会晴彦(わたらいはるひこ)翁をお祀りする白太夫社(しらだゆうしゃ)。

島田忠興(しまだただおき)翁をお祀りする老松社(おいまつしゃ)。

藤原広嗣(ぶじわらのひろつぐ)さまをお祀りする太宰少貳社(だざいのしょうにしゃ)。

淳仁天皇(じゅんにんてんのう)をお祀りする淳仁天皇社(じゅんにんてんのうしゃ)。

文屋宮田麿(ぶんやのみやたまろ)さまをお祀りする文太夫社(ぶんたゆうしゃ)。

藤太夫吉子(とうだゆうきっし)さまをお祀りする藤太夫社(とうだゆうしゃ)。

橘逸勢(たちばなのはやなり)さまをお祀りする橘逸勢社(たちばなのはやなりしゃ)。

大門内供奉(だいもんないぐぶ)をお祀りする大門社(だいもんしゃ)。

寛算入寺(かんざんにゅうじ)をお祀りする寛算社(かんざんしゃ)。


赤文字で示したのは、御霊信仰において怨霊とされた方々である。まぁ吉備真備さまだけは怨霊と言うのは少し違う感じだが、御霊神社のご祭神でもあるのでそちらにカウントさせていただいた。

怨霊率67%ってのはちょっと怖いかも。^^;





これは本殿を裏側から見たところだが、左手側、ちょうど北側の辺に向拝が設けられている。




これがそうだ。本殿の裏側中央にあたる拝所である。

御后三柱(ごこうのみはしら)と言い、ご祭神は

天穂日命 さま
あめのほひのみこと


菅原清公 
すがわらのきよきみ

菅原是善 
すがわらのこれよし


の三柱だ。菅原家は土師氏の出であるが、土師氏の祖神は天穂日命さまなので、菅原家の祖神でもあるという事だろう。また、菅原清公卿は道真公の祖父、菅原是善卿は父である。




上で紹介した十二社の中にもあったが、これも末社・老松社だ。

ご祭神の

島田忠興
しまだただおき


さまは、菅公の家臣で、太宰府に流された際菅公から松の種を託された人物とされる。菅公が天神としてこの地に降臨された際、たくさんの松が一夜にして生えたという伝説もあるようだ。




北野天満宮の摂末社群の中で最も規模の大きな、摂社・ 地主神社(じぬしじんじゃ)。

ご祭神は八百万の神様すべてと言う意味の

天神地祇
てんしんちぎ


さまに、相殿として菅公のご血縁の三柱

敦実親王
あつみしんのう

斎世親王
ときよしんのう

源英明朝臣
みなもとのひであきらあそん


をお祀りしている。






一番上で紹介した多治比文子(たじひのあやこ)さまが菅公の神霊の託宣を受けた際、身分の低かった彼女は神社を立てることもできず、自宅に祠を作ってお祀りしていた。

その後、先に紹介した通りこの北野天満宮が完成するのだが、彼女の自宅も後年神殿に作り改められた。


そして幾度かの遷座を経て現在この地に坐しておられる。

それがこの末社・文子天満宮であり、ご祭神は菅原道真公である。


という事で続きはまた明日。






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北野天満宮 Part.1

の季節になった。

梅の名所は数々あれど、京都で梅と言えば一番に出てくるのがこの北野天満宮の梅苑である。花を期待して先週出かけたのだが今年はちょっと開花が遅いようで、外から見た梅苑はほとんど咲いていなかった。

という事で有料の梅苑はさくっとパスして、境内を見て歩くことに。

なお、梅苑の入園料はお茶菓子付きで600円だそうだ。

画像はクリックで別窓拡大する。


白梅

普通の木はこの程度の開花率だった。




早咲きの紅梅

これが割合よく咲いていたほうの木だったと思う。




表参道、一の鳥居

いつものことながら客待ちタクシーが多い。




狛犬さん、吽形。




こっちは阿形。この神社は妙に狛犬さんが多いので、今回はこの一番正面の狛犬さんに代表選手になってもらうことにした。




表参道。石灯籠が多い。




一の鳥居を振り返ったところ。




天神さんと言えば臥牛。お稲荷さんのお狐さまや、八幡さまの鳩などと同様に、天神さんの神使は牛である。

だから天満宮には臥牛像がつきものと言っていい。撫でるとご利益があるからと言ってナデウシと言う呼び方もあるが、まあ俗称だ。

それが証拠にこの牛さんはあまり撫でられていないように見える。高いところにあるのも一因だろうが。

なお、狛牛はない。(笑)




二の鳥居。前には狛犬さんも控えている。




参道はまだまだ続く。




三の鳥居

狛犬さんもいるし、この梅の季節には出店も出ている。





臥牛像。低い位置にあるのでなでられてテカテカ。文字通り撫で牛だな。




楼門

もちろん狛犬さんもいる。この撮影位置の向かって左手が梅苑になる。






楼門には隋神さまが座っておられた。




社殿・三光門

この門から内側の社殿は国宝である。




拝殿正面

北野天満宮のご本殿を含む社殿は権現造と呼ばれる複雑な構造をしている。見ればわかるとおり、拝殿は入母屋造の平入で唐破風の向拝が付いているのだが、その上に建物の妻が見えている。

一言でいうとカタカナのキの字型をした造りで、この拝殿はキの字の下の横棒にあたる。

そして拝殿奥にあるご本殿がキの字の上の横棒だ。並行するその二棟を入母屋造の妻入の棟が貫いている形になる。それが唐破風の上に見えている妻なのだ。

厳密には拝殿と本殿の間に石の間と言うもう一つの小ぶりな棟があるのでキの字と言うよりは の字なのだが。






拝殿の本坪鈴の両脇には獅子の木像が柱に取り付けられている。狛犬かとも思ったが、多分獅子だろう。

鈴の上には星梅鉢紋の金具が、奥にはが取り付けられている。




これは横の門から塀の外に出て拝殿を斜めに仰ぎ見たところ。

一番高い位置の屋根が拝殿の屋根で、吊灯籠が見えているのは拝殿左右に設けられた楽の間である。この楽の間も社殿一帯の一つとして国宝指定されている。




少し後ろに回って、御本殿の側面。やはり入母屋造だ。半分だけ写っている右側建物は上で紹介した楽の間である。

この北野天満宮は福岡の太宰府天満宮と並んで全国の天満宮の中でも最もメジャーな二つであるが、どちらが本社であるという事はなく、それぞれ独立して創建されたものだ。

太宰府は廟所に、この北野は神託に基づいてそれぞれ勅願で創建された由緒ある神社である。

・・・あ、ご祭神は

贈正一位・太政大臣
菅原道真
すがわらみちざね


公、あまりにも有名だからすっかり紹介が遅くなってしまった。^^;

菅原道真公は人間であったのに二十二社の一つに加えられ、皇族ではないのに官幣中社に列せられている。これは破格の扱いと言っていいだろう。

二十二社の他の二十一社のご祭神はすべてが生粋の神様で、人間として生まれて二十二社に祀られているのは菅公だけという事になる。

没後都に天変地異が起こり、御霊信仰と相まって菅公の祟りと恐れられたのが原因なのだろう。菅公は没後

火雷天神
ほのいかづちのあまつかみ・からいてんしん


と恐れられ、朝廷は名誉回復などを行った。このことから菅公は没後天神の一柱として扱われ、民間では天神さんと呼ばれるようになったという事だ。

という事で明日からは境内の摂末社などを紹介しよう。かなり数が多いので一仕事になりそうだ。(笑)






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