御霊神社(下御霊神社)

御霊信仰
ごりょうしんこう
と言うのがある。

天変地異や祟りをもたらす恐ろしい怨霊にお鎮まり頂いて神様として祀り、街や人の守護に就いてもらおうという考え方だ。

その怨霊とは冤罪で恨みを残して死んだ人や、戦で負けて非業の死を遂げた人だというのだから、やはり幽霊より生きてる人間の方が怖い。(笑)


八坂神社の祇園祭にも御霊信仰にその源流を求めることができるが、この下御霊神社は明日紹介する上御霊神社と並んで京都御所の産土神として名高いのである。

ご祭神については、一部異なる部分もあるが、明日紹介する上御霊神社の分で一緒に説明するとしよう。


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鳥居

結構あちこち傷んでいる小さな神社ではあるが、寺町通りに面した明神式の鳥居には十六単菊紋が輝いている。


門

寛政年間には御所で新築時工事などがあったのだろう。この表門は御所から旧建礼門が下賜されたものだという事だ。


吽形

吽形の狛犬さん、小さくてかわいい。


阿形

阿形の狛犬さんも愛嬌がある。いつごろのものかと見てみたが、すでに奉献日が風化していて読めなかった。


拝殿

これは拝殿


幣殿

これが幣殿と本殿拝所。これは表門と同時に仮皇居の内侍所が移されたものだそうだ。


権殿

こちらは摂社、八幡宮、伊勢神宮、春日大社をお祀りしている。


摂末社

摂末社

そのほかの摂末社


摂末社

お稲荷さん


神社自体はこれだけの非常にこじんまりしたものだが、ロケーションは最高だ。京都観光の際は徒歩でお参りしてみてくれ。

それぞれの中での所要時間を別にして、歩いて五分圏内にこんな名所やお店がある。


御所

京都御所


柳苑

龍安寺など多くの寺院の御用達となっている和菓子の名店、柳苑


かじの

昆布の銘店、かじの


革堂

西国三十三箇所第十九番、革堂行願寺
幽霊絵馬や、徒然草八十九段の猫又のくだりでも有名な天台宗のお寺だ。


進々堂

創業100年のベーカリーレストラン進々堂


一保堂

お茶の名店、一保堂


徒歩五分圏内ってのは、一番北の京都御所南東角から一番南のこの一保堂茶舗まで歩いて五分という事で、全て南北に走る寺町通り沿いで、しかも一番上の地図の中に全部収まっている。・・・観光にも一服にもお土産の購入にももってこいだろ。w






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岡田国神社(京都府下・木津川市)

昨日書いた醤油買いツアーの道すがら、ちょっと寄り道して京都府と奈良県の府県境近くにある神社へお参りしてきた。

基本的に京都『神』案内のカテゴリは京都市内の神社を対象にしているので、京都府木津川市にあるこの神社は番外編という事になる。

官幣大社であり二十二社のひとつである石清水八幡宮も、京都府八幡市の神社なので、いずれ番外編として紹介することになるだろう。

さて、その岡田国神社はこのあたりにある。



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鳥居

見事なまでの田舎風景が広がる中に立つ明神式の鳥居。


吽形

吽形の狛犬さん。


阿形

阿形の狛犬さん。

地蔵

吽形の足元にはお地蔵さん


ピースポール

阿形の後にはピースポール
あぁ、日本は八百万の神様の国なんだと実感。


高架橋

鳥居をくぐった先には高架橋
じつはこれ、下の農地のほか、JR奈良線をまたいで一気に神域へ行ける便利なものなのだ。


拝殿

これが拝殿と幣殿。前のかがり火の台は秋祭りの準備のようだ。


全景

これが大まかな全景。手前と向こうに向い合せにあるのは信者控所である。お祭りのときなどに使われるのだと思う。

本殿

これが拝殿下から覗き見た本殿である。帳には梅鉢の紋
梅鉢の紋と言えば天神さん

そう、この神社のご祭神の一柱は菅原道真公である。


社格

しかし、一方でこの神社の社格は式内郷社。つまり延喜式神名帳に名前が載っている神社なのだ。

しかも創建は飛鳥時代。菅原道真公がお生まれになる200年も前の話だ。

この神社はもともと

生国魂命
いくくにたまのみこと


をご祭神とする神社であり、

菅原道真公
すがわらみちざねこう


が天神さんとして主祭神に並ばれたのは平安時代だという。


生国魂命は、日本神話に登場する特定の神様ではなく、国そのものを神格化したものと言われている。

もともとは国魂と言う言葉は律令国の神格化を指すと言われているが、時代的には律令制の開始時期でもあるが日本と言う国号が定められた時期とも一致するので、日本そのものを神様とした神社なのかもしれないな。


恭仁

この神社の旧称は
岡田國神社
であるが、この石灯籠には
岡田恭仁神社
とされている。

國も恭仁も読み方は「くに」であるから、まあいいんだけどね。(笑)


恭仁京

くにと言う読みに対して恭仁の字をあてたのはこれから来ている。
この神社のあたりにあった都のことだ。

学校で習った歴史だと、710年に平城京で、そのあと794年に平安京と言うイメージだが、実際には

710年 平城京
  ↓
740年 恭仁京

  ↓
742年 紫香楽京 ┐並
744年 難波京  ┘立
  ↓
745年 平城京
  ↓
784年 長岡京
  ↓
794年 平安京


とまぁ結構ウロウロしているのだ。

その恭仁京ゆかりのエリアにあるから岡田恭仁神社と書いたのかもしれない。


摂末社

摂末社

摂末社

で、これが摂末社
本殿などに比べてずいぶんと傷んでいるが、何か事情があるのだろうか。

ちょっと寂しい気がする。早く建て直せればいいのにな。






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今宮神社 後編

さて、昨日紹介した楼門側の正面参道とは別に、側面にも参道があり向かい合わせに休憩できるスタイルの餅屋が二軒ある。、

写真はクリックで全部別窓拡大する。

あぶり餅

もしかすると今宮神社よりもこっちの
あぶり餅
のお店の方が有名かもな。w


かざりや

こちらは南側の
かざりやさん

江戸幕府ができたころに創業した老舗である。


一和

でもってこっちは向かい側の
一和さん

紫式部が源氏物語を書いてた頃の創業で、

現存する世界最古の飲食店

とも言われている。
創業は西暦1000年だ。


あぶり餅

あぶり餅はこのようにして供される。
一人前500円


あぶり餅

斎串のお下がりに搗きたてのお餅を小さくして刺し、きな粉をまぶして炭火であぶり、白みそベースのたれをかけたものだ。

糖質制限中の俺が食べてはいけないものだが、ブログのためなら体を張ってネタを拾う。(笑)

実は15本全部合わせても大きめのお餅一つ分に届くかどうかの量だから、たれまで入れても糖質量は60グラムくらいだろう。

もったいないけど半分残させてもらった。


手水舎

さて、神社の中に入ると一番に行く場所が
手水舎
である。

今年の改修工事で復活したが、江戸時代に作られたこの手水舎、水が枯れて久しかったらしい。


外拝殿

こちらが外拝殿である。
ちゃんとあぶり餅のお店二軒のご献灯も掛かっている。


本殿
これが拝殿と、その奥が本殿だ。

御祭神は
大己貴命
おおなむちのみこと
事代主命
ことしろぬしのみこと
奇稲田姫命
くしなだひめのみこと
の三柱である。

大己貴命は大国主命の若い頃の名前だ。

大国主命は素戔嗚尊の実の息子とも6代の孫とも言われるが、大国主命の正妻である須勢理毘売命が素戔嗚尊の実の娘なので、年代的に子孫ではなく息子という解釈で・・・あれ?(笑)

まぁ、日本の神話に出てくる神様はおおらかなのでOKってことにしよう。第一、大国主命は180人以上の奥さんがいたんだし。(羨)


事代主命は大国主命の息子だ。
奇稲田姫命は八岐大蛇神話などで有名だよな。


けいおん!

さて、この絵は人気アニメ
けいおん!
の第7回にあった初詣のシーンをキャプチャしたものだ。上の本殿の写真と見比べてみてくれ。

実際、一時はこれが目的の参詣客も多かったらしい。


その結果・・・

けいおん!

けいおん!

けいおん!

こういう絵馬が・・・^^;

まぁ神饌の説明でも言ったように、今自分たちが美味しい、楽しいと思うものを神様にお供えするのが参詣と言うものだから、これはこれでアリなのかも。

高天原で苦笑いされているのは確実だろうけどな。w

しかし、どうやって絵馬にプリントしたんだろう。ちゃんとこの神社の絵馬だし・・・アイロンプリント用紙か何かかな?


疫神社

こちらは本殿向かって左にある疫神社。

もともとこの地には疫病から都を守って下さる

素戔嗚尊
すさのおのみこと


さまが祀られていたが、船岡山にお遷り頂いて、上記の三柱をお祀りする神社を建立したのがこの今宮神社の始まりなのだ。

新宮=今宮ってことだな。

今宮神社の御祭神は素戔嗚尊の息子と娘、それに八岐大蛇から助けた姫神なので、素戔嗚尊さまご縁の神社と言えるかもしれない。

その後、都に疫病が流行した際に還宮されて、この地にお祀りされているとか。


織姫社

これは末社、織姫社である。

栲幡千千姫命
たくはたちぢひめのみこと

さまがお祀りされている。天孫降臨の天孫瓊々杵尊さまの母上である。
また織物の守り神とされ、西陣の織物業界の人たちからの参詣も多いと聞く。


八社

こちらは末社八社


大将軍社

大将軍社など、末社。


稲荷末社

こちらはお稲荷さんの末社である。
織田稲荷もお祀りされているらしい。


若宮社

これは若宮社


地主稲荷

末社、地主稲荷


月読社

この神社の境内で一番高いところにある月読社


宗像社

末社、宗像社
宗像三女神をお祀りしている。


台石ナマズ

その宗像社の台石に魚の彫刻が施してある。ナマズのようだが、なぜこんなのがあるのかは判らない。実際写真に撮っても見えにくかったので、画像処理でコントラストを上げて見えやすくしてある。


神馬社

これは神馬社


神橋

あぶり餅の参道から境内へ入るところにある神橋。元禄時代の遺構と言われる枯れ川の上に掛かっている。和服の後ろ姿が美しいが、この神社に縁の深い女性がいる。

江戸時代前期、西陣の八百屋の娘お玉だ。

西陣の生まれなのでこの神社にも縁が深かったわけなのだが、父を亡くした後母が再婚。身分を整えるために、北小路宗正の娘(養女)と言う扱いで京都を離れ江戸城大奥に勤務することになる。

そこで三代将軍家光のお手付きとなり御中臈に昇進、懐妊して男子を出産、正式な側室となった。桂昌院である。

家光の死後一旦は江戸城を離れるが、息子綱吉が五代将軍に就任すると江戸城に戻った。

その後元禄時代、赤穂の討ち入りの翌年には従一位の官位を賜る。律令制以降の女性としては最高位なのだ。

八百屋の娘お玉が桂昌院と呼ばれ従一位に叙せられるまでになる。まさに玉の輿だな。

桂昌院はこの今宮神社への信仰が篤く、様々な寄進や行事の再興に寄与したと言われる。だから、今でも今宮神社は良縁祈願の神社、

玉の輿神社

と言う別名を持っているのである。

すっかりこのネタを忘れていたがビビアン5さんに昨日のコメントで思い出させて頂いた。感謝申し上げる。


紅葉

境内はそろそろ秋の風情


和服女性

あぶり餅の茶屋で一服する女性。
和服姿がよく似合う。

写真を拡大して向こうの石灯籠をよく見ると正徳三年と書いてある。西暦なら1713年・・・300年前だな。江戸は六代将軍の御世。

そのころにはすでに新しい方のこのあぶり餅屋さんは創業100年を超えてたってことで。(笑)






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今宮神社 前編

さて、昨日まで例大祭について紹介してきたが、今日明日はこの今宮神社そのものについて紹介しよう。


大きな地図で見る

今宮神社は、京都の街の四神相応で玄武に当たる船岡山と言う標高110メートル程度の小さな丘の中腹にある。

小さな丘ではあるが、枕草子や徒然草にも詠まれた景勝地でもある。




これが一の鳥居

この鳥居は上の地図で言うと、紫野西野町の町の字の辺りに建っている。狛犬さんたちとともに昭和初年の建立だ。

ここから今宮門前通りと言うこの短い道を神社へ向かって歩く。




少し北へ歩くと、塀の向こうに石塔が。




その向かい側は京都市立紫野高校

万葉集の額田王の歌を連想させる地名だが、残念ながらあれは奈良時代の歌なので、この地を指したものではないと言われている。

ただ、舞台は滋賀県だとか奈良県だとか言われるこの歌だが、実際のところどこであったのかは知らない。

かつては傷薬、現代でも女性の美容に使われるシコンエキスの原料を栽培していたのが紫野だから、複数あっても不思議ではないしな。




こちらはさっきの石塔が見えていたエリアの続き。民家の並びで一度は途切れていた塀がまた続いている。




今宮門前通りに直交する石畳の道

これは一休さんでおなじみの大徳寺の境内の道なのだ。これは大徳寺の中心的塔頭群がある東域を望んだところ。

先ほどの石塔も壁も大徳寺の物だ。




こちらは反対に西を向いている。大徳寺西域には小堀遠州の手になる孤蓬庵がある。




これはその交差点から今宮神社の楼門方向を見たところ。




先へ進むと、東側は大徳寺の竹林




西側は先ほどの高校のテニスコート。観客席付き6面コートは公立高校にしちゃ上等だ。そのせいか、いつの頃からかカメラ小僧避けの緑の蚊帳のようなものがフェンスに取り付けられた。




楼門が見えてきた。この辺りの石灯籠は江戸末期の奉納の物が多い。




楼門の狛犬さん、吽形。




こっちは阿形。これは大正時代に乳母車屋さんが寄進したとある。




楼門全景

なかなか綺麗な楼門だが、門前に置かれた七五三参りやウエディングの案内看板、それに参詣者の自転車が地元密着を感じさせてくれる。






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今宮神社 例大祭 解説後編

さて、昨日の続きだ

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本殿横の祈祷室への入り口から、普段は入れないところへ。




これは内拝殿の廻廊の一部で前廊下。向かって右側が本殿の下、左側の外がお参りする鈴がぶら下がっているところで、向うの方に白い箱が見えているのが例大祭の際の布巻きされた賽銭箱だ。普段はそこに黒っぽい木地の賽銭箱がある。




これが本殿下。




廻廊から本殿を見上げたところ。流石に正面に入るのはダメだった。




脇の間から廻廊を見降ろしたところ。




これがお供えされた神饌である。四角い高坏たかつき)で献じられる。
向かって左側ほど重要度が高い。

したがって、一番左は稲穂、次はお神酒だ。




次はお餅海の幸(鯛)




続いて川の幸(アユ)、乾物(昆布、干瓢、海苔、高野豆腐、葛切り)、山の幸(タマゴ)




さらに根菜類(里芋、洋人参、生姜)




実りの物(賀茂茄子、万願寺唐辛子、しめじ、茗荷、トマト・きゅうり・菊の花)




果物(林檎、梨、柿、栗、ネーブルオレンジ、バナナ、マスカット、巨峰)・・・後半は見事に洋風でちょっと違和感があるかもしれないが、

神様はいま現在目の前におられる

のだから、ドラゴンフルーツであろうがドリアンであろうが、

今の我々が頂けるものをまずは神様にお供えする


と言う事で、純日本風の物である必要はない。とは言え、基本的に匂いが強いものは・・・と言う事でドリアンはよした方が良いらしい。w




そして、最後にあるのはやはり命の要、玉と盛りだ。




今年、江戸時代の神饌の記録が発見されたとかで、見せて頂いた。色あせず良い感じだと思う。

お供え物は、まず銀の皿に盛った8種類の木の実

松の実カヤの実なつめ




続いてザクロ橘の実柑子の実(この二つは現在の柑橘系とは異なると思われる)そして




栗に続いてはで締めくくりだ。タイトルには正月三節会と書いてあるが、他の物はともかく、梨なんてその季節に入手できたんだろうか。

さらにとして供えられたものが描いてある。

(塩)・(ひしお、あるいは味噌)




メインはうどんを中心に据えた膳がお供え物になっていたらしい。

中央はうどんのお出汁。右上から、うどん餲餬(小麦粉を練って作ったサソリ型のお菓子)・索餅(ほうとうのような煮込み餅)・桂心(シナモンフレーバーのお菓子または調味料)




脇膳だそうだ。基本的にお菓子である。

右上は鎚子(ついし)。現在は米粉を練って作るそうだが、この頃は小芋ベースで煮て作るお菓子だったそうだ。

右下は饆饠(ひちら)。餅粉を練って煎餅上に焼いたもの、あるいは小麦粉を練って餡を挟んだものだそうだ。後者は三笠饅頭の原点なのかもな。

左上は黏臍(でんせい)。もち米の微塵粉を練って油で揚げた唐菓子である。

左下は團喜(だんき)。緑豆や米粉に芥子やレンゲの乾燥させた物をね練り込んで茹でたもの。もとはインドの物らしいが、なんか原料がヤバげだよな。(笑)

どうやら唐菓子八種のうち4種類だったようだ。






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今宮神社 例大祭 解説前編

昨日の動画について、今日明日の二回に分けて解説を加えてみよう。

画像はすべてクリックで別窓拡大する。



前夕神事の直前、拝殿から本殿にかけて照明が漏れてきていた。

雅楽と舞の奉納の間はこの照明も提灯も消されていたのだ。





こちらは拝殿。舞はここと本殿前の内拝殿の間で奉納される。

まだ開始前だから提灯が灯っているが、奉納の時はこれも消される。




これは開始直前、蝋燭で灯る6つの行燈以外はすべての照明が落とされる。

舞と雅楽の奉納はこれとかがり火一つだけの明かりの下で行われていた。





奉納が終わった直後、ストロボ撮影した。

このように砂利を敷き詰めた場所に行燈と円座を置いて行われていたのだ。








夜が明けて本祭の当日。





武官装束の舞人たちが忙しげに・・・

文官装束の楽人たちとともに、今年装束を新調したそうだ。





ここが舞人・楽人の席である。




雅楽のパーカッション、鉦鼓・楽太鼓・鞨鼓・・・であってるかな。




オープンコードチューニングしてあったように聞こえる和琴だ。






四神の幟幡、今年奉納されたのだとか。




10月9日は月遅れの重陽の節句という事もあって、菊酒をお神酒として頂けた。♪

今日はここまで、あすは普段立ち入ることのできない本殿横でお供え物などを見せて頂いたので、それを紹介する。






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今宮神社 例大祭 動画編

全国に今宮神社はたくさんあるが、俺が書くのだから当然京都の今宮神社である。
ご縁があって日供を献備させて頂いているので、秋の例大祭にご招待いただいた。

前夕神事には御神楽が、本祭には東遊が奉納されるので撮影させて頂いてきた。未編集のまま上げたため長いので、適当に興味があるところだけを見てもらえればいいと思う。
ビデオカメラじゃなくて、デジカメの動画機能で撮ってるのであまり画質は期待しないでくれ。

再生開始後右下の四角をクリックすると全画面表示とウィンドウ表示が切り替えできる。


まずは前夕神事、御神楽が神前に奉納される。

俺のような俗人は
お神楽緋袴・鈴剣⇒巫女さん
となるわけだが、これはお神楽じゃなくて御神楽(みかぐら)

巫女神楽や里神楽とは異なり女性は登場しない。orz


前夕神事、前半

かがり火だけの照明なので見えづらい。また、他の人の迷惑にならないよう、モニタをお腹でかくして上から覗くように撮影したので、イマイチ狙いが定まっていないのも勘弁してほしい。

雅楽だけを聞いてもらう事になるかな。フルに見ると37.5分ぐらい。

29分ごろから白い輪っかを付けた榊の枝を持った舞人が映るが、この人の所作を人長舞(にんぢょうのまい)と言う・・・のであるものの、舞人が映る位置では舞を行わない。舞っている時は闇の中で映らない。




前夕神事、後半

やはり雅楽の演奏だけ聞いてもらう事になると思う。全部で34分弱





さて、日は変わって翌朝。本祭である。

神職入場
宮司・神職・楽人・舞人たちが入場し、神職による祝詞奏上がある。祝詞奏上の後は何もないので飛ばしてもらってもいいと思う。全部で12.5分ぐらい




雅楽奉納
神職たちが席に着き、雅楽が始まる。全部で27.5分ぐらい。
後ろのおやじの咳がウザい。俺と同じぐらいの年齢かな。ハンカチなりを当ててくれればいいのに、前向いて顔振り回して咳き込むって、いいトシして恥ずかしい野郎だ。




東遊奉納、前後篇
東遊(あずまあそび)と言う舞が奉納される。前後篇に分けたが、どちらも15分ずつくらいだ。






玉串奉納
全部で12.5分ぐらい、主に雅楽を聞いてもらう事になる。

参列者として二礼二拍手をするため、途中で動画が終わっているのはカンベン。




撤饌、宮司挨拶

撤饌と言っても、よくあるような餅まきじゃない。本殿の奥でなんかやってるみたいだが参列者からはほとんど見えない。雅楽を聞くだけになってしまった。25分ぐらい。




神職たちの退場




明日からはこの動画について少し説明する。






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伏見稲荷大社 後編

さて、昨日の続きだ。やっと本殿前までたどり着いた。

稲荷神社のご祭神はどなたなのか、意外と知らないよな。
正解は稲荷神であると言ったら叱られるだろうか。w


主祭神は

宇迦之御魂大神
うかのみたまのおおかみ

素戔嗚尊と神大市姫命の間に生まれた女神さまである。

この主祭神に4柱の神様を配し、5柱の神徳を稲荷大神の広大なご神威としているらしい。


写真は全部クリックで別窓拡大する。



これは内拝殿。この奥に本殿がある。




本殿の前の階段下にはここにもお狐さまが。

しっぽに狐火ついてますけど。w



こっちのお狐さまも尻尾炎上中・・・いや、火焔宝珠を付けておられる。

このお狐さまを見て、隣を歩いていた修学旅行の中学生
なんで草くわえてるんだろう
って。(笑)

思わず「いなりって稲荷と書くだろ、稲穂だよ。」と突っ込んでしまった。




これは権殿。本殿/内拝殿の代行を果たす建物である。




この階段を上ると摂社とか、様々なお社がある、





摂末社



こちらも摂末社である。




これは白狐社



これは奥宮、千本鳥居の向こうにある奥の院とは異なる存在である。





これが有名な千本鳥居へ続く奥の院への参道の入り口だ。たくさん並んでいるが、千本鳥居と言われるのはこの奥で道が二つに分かれるところからである。

動画で見て頂こう。








千本鳥居を抜けると奥の院

ここに到着したとき、お日様に照らされているのに雨が降ってきた。いわゆる
狐の嫁入り
である。お稲荷様で狐の嫁入りに出会えるとはなんと縁起のいいことだろうか。

きっと俺はお金持ちになれるに違いない。♪




奥の院の一番奥にある
おもかる石

心願を念じながら石を持ち上げ、予想より軽ければ叶い、重ければ叶い難いというものである。ここだけではなく、他の神社でも見たことがある。





さて、ちょっと下世話な話を。

千本鳥居の中に自分も鳥居を建てたいときはいくら必要なのか。

答えは175,000円である、いかがかな。




さて、参拝を終えて京阪電車の駅前に戻ってきた。駅前のカフェ




ここにもお稲荷さんのご縁が。(笑)






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伏見稲荷大社 前編


さて、なんとなく好評っぽいので調子に乗って、有名神社へ出かけてきた。

伏見稲荷大社、全国にあるお稲荷さん3万社の総本宮である。

これが表参道入口の前にある石碑。
 
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石碑の横にはお稲荷さんのお使い、お狐さまが・・・




普通、お稲荷さんのお狐さまは狛犬のように鎮座されているが、これは・・・

ずいぶんファンキーじゃないか。w




大きな地図で見る





伏見稲荷大社の真正面、通りを挟んだ向かい側にJR稲荷駅がある。

カラーリングがすでにお稲荷さん。w




これが一の鳥居




一の鳥居をくぐって表参道を進むと、左手に摂社がある。





これは二の鳥居。向こう側は楼門だ。




一方、こっちは京阪電車伏見稲荷駅
こっちもしっかりお稲荷さんカラー。w
JRほど真正面と言うわけではないが、神社から歩いて五分ほどのところにある。




京阪電車の駅からお稲荷さんへ向かうのは、表参道ではなく
神幸道
と呼ばれる参道で、こちらは両側にお店が並ぶにぎやかなところである。

まだ、朝が早かったのでお店は開いていないが。




神幸道を進むと、お店が切れるあたりに石鳥居がある。




そこにはこんな石碑が。

気付いただろうか。表参道の正面入り口と、神幸道の入り口の鳥居の下にも
伏見稲荷大社
と書いた石碑が立っていたが、ここのは
官幣大社 稲荷神社
である。


稲荷神社の旧社格は、官幣大社であり、式内社であり、二十二社のうち上七社の一つであった。簡単に言えば、神社の中でのトップクラスであったという事だ。

戦前までの国家神道の中では、大社を名乗れるのは出雲大社だけであったので、稲荷神社と言う名称だったというわけだ。

で、意外なことに現在の伏見稲荷大社全国の神社を統べる神社本庁の管轄下にはなく単立の宗教法人なのである。

神社本庁の下にはおよそ8万社の神社があるが、伏見稲荷を総本宮とする全国の稲荷神社は3万社とも4万社ともいうから、かなりのスケールだよな。


そう書くと、お稲荷さんは他の神社と仲が悪いみたいだが、そんなことは全くない。単に戦後のGHQによる国家神道解体と宗教法人法の施行の際に別法人になったと言うだけで、きわめて良好な関係だそうだ。

それが証拠にお稲荷さんでお札を頂くときに祀り方を聞いたら、ちゃんと「お伊勢さんのお札を真中に、氏神様のは向かって右に、そしてお稲荷さんのは他の神社のお札と一緒に向かって左に」と教えてくれた。




神幸道をさらに進むと、先に楼門が見えてくる。
右下は手水舎だ。

道はここで表参道と合流する。



表参道の方へ回り込んで楼門を見上げたところ。





楼門の下には狛犬さんスタイルのお狐さまが座っていた。
向かって左、狛犬さんなら吽形にあたるお狐さまはをくわえている。お狐さまのくわえるアイテムの中でも最も一般的と言っていいかもだな。



こちらは向かって右、狛犬さんなら阿形が座る場所だが、こちらはをくわえている。



楼門を抜けると真正面に外拝殿舞殿でもあるようだ。
今はお供え物がいっぱい。




伏見稲荷大社は先の述べたように神社本庁とは別の宗教法人だし、いわゆる勅祭社でもないのだが、内廷や宮家から幣帛や幣饌が奉納されている。ある意味これもすごいことだと言えるだろう。

皇太子殿下の御奉納札がない事が気になった人もいるのではないだろうか。

皇太子殿下は内廷の方で、なおかつ天皇に即位されない限り内廷皇族(内廷の方の内、天皇陛下以外の方)の身分を離れられることはない。したがって天皇陛下が幣帛を奉納されている以上、何らかの特殊な事情がない限り皇太子殿下のお名前で幣饌を奉納されることはない

宮家の方々は既に内廷を離れられた方なのだ。だから宮家の当主の名前(=○○宮)で奉納される。

勘違いされがちだがたとえば秋篠宮と言えば、現在は文仁親王殿下だけを指すのであって、正式には妃殿下や内親王殿下、親王殿下は秋篠宮を構成される方々だが、直接秋篠宮と言う宮号は使わない。宮号は下々の名字とは異なるものなのだ。

秋篠宮文仁殿下の妃殿下とか、秋篠宮文仁殿下のお子様である悠仁親王殿下と言うのが正しい使い方だ。

したがって、秋篠宮と書いてあれば秋篠宮を構成する人たち、ご本人以下、紀子妃殿下・悠仁親王殿下・眞子内親王殿下・佳子内親王殿下の五人の方々を代表して文仁殿下が奉納したと言う意味なのである。

同様に天皇陛下と書いてあれば、それは内廷の皇后陛下・皇太子殿下・皇太子妃殿下・敬宮愛子内親王殿下を代表して天皇陛下が奉納したと言う意味なのだ。


東宮は皇太子殿下の別名に近い意味も持つが、本来は皇太子殿下の住まう場所と言う意味で、これはたとえば弟君の秋篠宮のような宮家の名前とは全く異なるものである。

また、皇太子殿下には浩宮と言う御称号もあるが、これもまた宮家の名前とは関係のない、いわゆる幼名に近いものなのだ。


三笠宮殿下のご長男であらせられた寛仁親王殿下は、いずれ三笠宮を嗣がれるであろうという見込みからか、結局今年の夏前に薨去されるまで宮家を立てられなかったが、ご結婚されているので三笠宮殿下(寛仁親王殿下の父君)とは別の奉納をされているのである。

以上のようなことから、特殊な事情がある場合を除いて皇太子殿下の奉納の札を我々下々の者が目にすることはない。

これは勅祭社でも同じことが言えるのだ。


さて、お稲荷さんは大きな神社なので、本殿に到達する前に息切れしてきた。という事で続きはまた明日






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與杼神社

昨日のエントリで、今回紹介するために写真を撮りに行ってきたというのは、以前楽天ブログで難読名称として紹介した

與杼神社
よどじんじゃ


である。


大きな地図で見る


写真は全部クリックで別窓拡大する。


社格は昨日の木嶋坐天照御魂神社と同じ郷社。そして、やはり同じ式内社

式内社とは

延喜式神名帳


に記載された神社のことである。延喜式神名帳は西暦で言うと900年代に編纂されているので、それよりは古くからある歴史のある神社の証明ともいえるだろう。

 


これが正面の鳥居であるが、非常にこじんまりした明神式の石鳥居で、この画面のすぐ外側、左側はコインパーキングの入り口、右側はコンビニと言った風情である。

 


しかし、少し中に入ると風景は一変する。

二本の銀杏の大木の間に渡された大注連縄が大鳥居の代わりを務めているように見える。

向こうに見えるのは江戸初期に豊臣秀頼によって再建された拝殿(重要文化財)だ。

 


こちらが本殿。

これは昭和50年ごろに焼失、その後再建されたものだが、本殿としては規模が大きく形式もちょっと変わっている。

ご祭神は

豊玉姫命

とよたまひめのみこと


高皇産霊神

たかみむすびのかみ


速秋津日命

はやあきつひのみこと

の3柱だ。


豊玉姫命は神武天皇のお祖母様にあたる神様である。

速秋津日命は川港の神様なので淀と言う三川の合流地点にある場所にはなじみの神様なのかな。

そして重要なのは昨日もちょっと説明した

高皇産霊神


だ。天地開闢の際、まだこの世が混沌であった時に高天原に現れた原初の神様の一柱である。

古事記や日本書紀によると、造化三神を含む別天津神五柱と神代七代の最初の二柱の全部で七柱の神様は性別を持たない独神とされているが、実際に性別が全く現れてこないのは最初の神様である天之御中主神だけで、それに続いて現れたこの高皇産霊神と、同時に現れた神皇産霊神は、前者が男神後者が女神である要素を持っているようだ。



これは境内摂社。数は多くない。

さて、この神社は淀城址公園の中にあるのだが、本殿横の通路から外に出ると、そこにも拝殿がある。それほど規模は大きくないので摂社の一つと間違えそうだが、実は全く別の神社である。



ここは稲葉正成を祀る稲葉神社だ。

歴史好きな方ならピンと来たと思うが、そう


春日局

を後妻に迎えた武将と言えば、さほど歴史に興味のない人でもイメージしやすいんじゃないかな。

 



これは稲葉神社の中にあるお稲荷さんだ。





そうそう、来月にはお祭りがあるみたいだな。






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