カントリーリスク3

この話題はどこまで行っても終わることがないので、今日で一区切りにさせておらう。
最後に取り上げるネタはインドである。

もちろん俺自身はインドでのビジネスは知らないので収集した情報による判断であるから、実態にそぐわない可能性はある。

インドの主要言語はヒンディー語であり主要宗教はヒンドゥー教である。インドは人口によってそのプレゼンスを発揮しているだけで、基本的には貧困国である。人口の75%以上が世界の基準で言う「貧困層」なのだ。

インドでは日本のスズキ自動車が大きな地歩を築いているが、関連子会社で大きな暴動があったのは記憶に新しい。また、港湾設備やエネルギー関連のインフラは壊滅的に悪い。そして土地は広いが農業国であるため工場建設の余地はあまりない。


一方で、インドは世界有数の親日国であり、中国との関係は悪い。イギリス連邦の国なので英語話者は比較的多い。IT関連産業は他の産業に比べて非常に強い。

欧米のコールセンター業務を引き受けるなどして欧米とのつながりも深いが一方で識字率の低さも問題化している。


こうしたことに鑑みれば、日本のビジネス界はインドをどう判断するだろうか。

個人的にはインドは農産物生産の委託先としてならかなりの成果が期待できると思う。非識字者たちを農業生産の現場で働いてもらいながら教育をうける機会を与える様な、ビジネスだけではないインドと言う国家への貢献を前提に活動すればかなりの効果が期待できる。

その次または次の次の世代が育つ頃にはその成果としてインドを市場として見られるようになるだろう。

日本でも農業は国家と深く結び付くべき産業である。国のバックアップを強く要求してインドに日本の畑の一部を担ってもらえるように農協の中央組織が動くべきではないのかな。

目先の便利さだけをインドに求めた欧米は失敗しつつあるように見える。日本は第一次産業以外では当面これ以上インドに出るべきではない。アジアの良き友人として互いの利益に目を向けるべきだろう。

幸いなことにインドと日本は国境を接していない。しかし、国家間の関係は昔から結構強い。そう言う良き関係の下地がある国に誠意をもって接すれば本当の国際関係が築けると思う。






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カントリーリスク2

昨日、ミャンマーが次の投資先として不向きではないかと言う話題を出した。
では他の国はどうなのだろう。まずは二つほど見てみよう。

よく話題に上がるのがベトナムとインドネシアだ。

ベトナムは仏教国でしかも日本と同じ大乗仏教系だ。国民は労働を嫌わず、手先が器用な人も多いように感じられる。人口も日本よりやや少ない程度で朝鮮半島全体よりは多い。

日本やロシアによって原発が作られ、高速鉄道計画もある。海に面して南北に長いので海運関係にも有利だ。

中国とは南沙諸島問題で日本の尖閣諸島問題と同じような悩みを抱えている。

そう言ってしまうとかなり良いイメージなのだが、悲しいかな政治体制は中国と同じ共産党の一党独裁体制だ。南沙諸島では喧嘩している一方、広東人たちが手広く商売をやっている。この季節などは広東省の業者が月餅の露店を大量に出してたりするぐらい中国との結び付きも強い。

実際、中国語話者も多いし、広東語だけではなく普通話が通じるところもある。少なくとも日本語よりは中国語の方が一般的だと感じる。

まぁ、実際にどの外国語がと言えば英語が一番多いようなイメージはあるが。

また、勤勉な国民性がクローズアップされる事もあるが、悲しいかな目先のお金が入手できるなら、多少のイカサマや泥棒は正義と言うのが途上国の常であることはベトナムも例外ではない。俺も中国人相手程度の警戒心しか持たずに買い物へ行って、少額ではあるが盗まれた経験もある。

市場での値段のごまかしもかなり酷いものがあるが、これは慣れればそれなりに面白い。(笑)

正直なところ、投資先としては業種や本体の企業体力によって判断は分かれるだろう。平均すれば現状も将来性も中国と同程度だと思う。


インドネシアについては俺自身がビジネスで行ったことがないので集めた情報だけでの判断になるが、あまり良いとは思えない。東南アジア最大の人口と言うのは市場としても魅力だが、一方で地球上で最大のイスラム国家だという難しさも持っている。

まぁ、多宗教のインドネシアだからイスラム教徒でなくても問題はないが、多神教を認めていない国家だからビジネスで根を下ろそうとする日本人には難しい場所である。

国民の五大義務の筆頭は「一神教を信仰すること」である。無宗教も多神教徒も認めてはもらえない。そう言う意味では日本人や中国人からみて付き合いの難しい国民だと言えよう。


実際のところ、海外で人間を雇用する時の難しさは教育の差に殆どの原因が求められる。日本人にとって「子供でも判る常識」が、他の国では「聞いた事もない特殊な要求」になるケースは決して珍しくない。

たとえば、管理職としての重要書類を作成中に、ちょっと判断に悩む部分があって考え込んでいたら、一番下っ端の部下がやってきてパソコン画面をのぞき込み「何か判らないんですか、教えてあげましょうか。」と言ったら、日本人上司はどう感じるだろうか。

上司の文書を覗き込む時点でかなり非常識だと感じるだろうが、その国では「積極的に困っている人の手伝いをしなさい」と言う教育が優先で「目上の人」と言う感覚を教えていなかったら、その下っ端の対応は極めて自然で良い子の対応なのだ。

中国での知人に農業関係の試験栽培をやっている会社の日本人がいる。現地で生産するための品種改良とかそんなモノだそうだ。彼が言うには「日本の小学校一年生がアサガオの種を植えるって言う教育、あれがこんなにも偉大な事だとは思わなかった。」そうだ。

中国人で農業経験のない人に「この種を植えるんだ」と言ったところ、「種を植える」と言う言葉の意味が理解できなかったらしい。日本人からしたら信じられない話だが。もし小学校でアサガオを育てる教育をしてなかったら、日本人だってそうなのかもしれない。


昨日のミャンマーのビルマ語の話題についてもそうだが、通訳に頼り過ぎると良い結果は生まれない。日本人でビルマ語の判る通訳は日本人の感覚を理解できてもそれを現地人の肌に合う言葉に訳せるかと言うとかなり疑問である。しかも日本人通訳は人件費も大変なことになる。

ミャンマー人で日本語のできる通訳を雇った場合、逐語的な翻訳が達者だったとしても、日本人の言葉の後ろにある常識と言う感覚が理解できず、結果として日本人が求める内容が伝わらないことが多い。そして、人件費の安いミャンマーであっても、日本語のできる通訳の給料は飛びぬけて高いのだ。

ビルマ語と言うマイナーな言語だからこうした問題は大きく拡大するが、とどのつまり外国人とのやり取りは、相手の言葉が何であっても言葉の後ろにある文化的教育的背景の差を理解していないと望んだ結果を得るには至らないと考えた方が良い。

そう考えた場合、外国で仕事をするという事は少なくとも班長クラス一人につき一人の通訳を専属させるぐらいの経費を掛けないと成り立たないと言っても過言ではないだろう。


基本は小学校レベルの基礎教育なのだ。しかし、それを徹底しようと思ったら自国に併合するしかなくなる。植民地化どころの騒ぎではない。植民地ではそうした教育などは行われないのが普通だからな。

そう言う意味から見て、日本人が日本人としてビジネスを行うのに最も間接経費がかからないのは日本国内であることは当然のことなのだ。もしどこかの外国で日本人と同じ教育を受け同じ常識を持ち、日本語を同じように操る国があったとすれば、そこでの人件費は日本と同じになり、日本へ製品を送る運賃分余計な経費がかかることになる。

我々が支払った税金は子供の教育にも回されている。海外へ進出することはその税金分を取り戻さず捨てるという意味も持っている。政治でもビジネスでも、拡大主義は結局自分の損になる事は多い。

言い換えれば尖閣諸島や竹島は死守しても、台湾や朝鮮半島を取りに行ってはいけないってことだな。






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