敷地神社 後編

さて、昨日の続きだ。

写真はクリックですべて別窓拡大する。


摂社・六勝神社

ご祭神は

伊勢神宮
石清水八幡宮
賀茂大社
松尾大社
伏見稲荷大社
春日大社


以上六社の主祭神さまたちである。何と言うかもう、神様界のオールスター

なぜこれほどまでに豪華なのかと言うと、もともとこの六勝神社は前に紹介した平野神社が奈良から遷座されてきたときに、京都での地主神として勧請された神様方をお祀りしていた神社なのだ。だから平野神社以外の上七社の神様がすべてお揃いになっているというわけである。

その後いろいろあったらしいが、明治の初年ごろにこの敷地神社へ遷座され、ご社名も六請明神社から現在の名前に改名されたらしい。




メンバーがメンバーだけに境内摂社とは言えかなりの作りである。狛犬さんもしっかりと。




この阿形の狛犬さんは目が厳しい。つか、ネコ科の目だよな。

阿形の狛犬さんはもともと獅子だった
からネコ科でOKなのだが、そうだとすればかなり歴史のある狛犬さんなのだろうか。




扁額には

六勝大神
ろくしょうおおかみ


の文字が。



これは拝所から拝殿、幣殿を通して本殿向拝を望んだところ。




主祭神さまの社殿とは異なり、流造のご本殿〜幣殿に続く拝殿も入母屋ではなく切妻造になっている。




御本殿を裏から見るとお稲荷さん式の祀り方のようだ。そう言えば、案内板にもご祭神は

倉稲魂命
うかのみたまのみこと


さま他五柱神とされていた。もちろん稲荷神さまのメインの女神さまだ。

う〜ん、天照大神さまを差し置いてトップってのも、さすがはお稲荷さんと言うか、さすがは女神さま同士と言うか。(笑)




これは幣殿を横から見たところ。



末社・八幡神社。

言わずと知れた八幡神さまである。




末社・綾杉明神




明治29年夏の暴風で倒壊した綾杉の根本部分。それに素屋根をかけてお祀りしている。

生い繁れ 平野の原の 綾杉よ
 濃き紫に 立ちかさぬべく
          (清原元輔 拾遺和歌集)


と歌われたところから見ても、樹齢千年以上のご神木であったようだ。

綾杉と言う名前であるが、樹皮の形や推定サイズから見て、おそらく同属の(さわら)だったと思われる。今でも椹の園芸品種の小高木である姫榁を綾杉と呼ぶこともあるのは、この辺りから来ているのだろう。





末社・大山祇神社

主祭神の木花開耶姫命さまのお父様である

大山祇神
おおやまつみのかみ


さまをお祀りしている。






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敷地神社 前編

前回紹介した平野神社から西大路通りを北へ約350メートル、通りを挟んで向かい側にある敷地神社だ。徒歩5分ってところかな。w

敷地神社と言っても、京都の人ですらピンときにくいだろうが下の社名碑を見てくれ。

写真はクリックですべて別窓拡大する。


わら天神 敷地神社

なのだ。でもって、一般的にはわら天神の名前で通っているので、神社の名前を言っても判りにくい。近隣のバス停の名前ですらわら天神前だから。

安産の神様として有名で、お守りとしてを頂けるのだが、その藁の節の有無で男女を占うと言う風習もある。




西大路通りに面した一の鳥居。狛犬さんともども石造りである。

扁額にはわら天神宮の文字が。




吽形の狛犬さん。




阿形の狛犬さん。結構獅子っぽい雰囲気のある狛犬さんだ。




短いがよく整備された表参道。




その先には二の鳥居。こちらの扁額には天神宮とだけ書かれている。

天神宮だが天満宮ではないので菅原道真公をお祀りしているわけではない。本当の昔には「北山の神」と言う天の神様をお祀りしていたのだ。

・・・と菅原道真公が古史を調査して記録されている。(笑)




境内に入ると左手に舞殿が。

舞殿・・・だろうと思う。絵馬殿も兼務してるのかな。




これが社殿。正面から見ると質素に見えるが実はそうでもない。




拝所から中を覗くと、そこは拝殿で突き当りにお日供やお年供の菰樽が。したがって、その向こう側が幣殿になるのだろう。




この社殿は玉垣の外側を回って全体像が見えやすくなっている。

この写真の右側が御本殿だ。流造で向拝から幣殿へ続き、拝殿は入母屋造りになっている。




本殿の屋根。

頂点には鰹木。屋根の上で地面に平行におかれている6本の部材である。

屋根の両端にあるV字型に見えるものが千木である。千木の先が地面に水平に切られているので女神さまをお祀りしている社だと判る。(まぁ、俗説なので異なる場合もあるが。)


という事で、この神社のご祭神は

木花開耶姫命
このはなさくやひめのみこと


さまである。美しい女神さまで、神武天皇の曾祖母さまなのだが・・・まぁ興味のある人は自分で調べてくれ。ロマンと猟奇と伝説と人間(神様)不信がいっぺんに味わえる。




これは御本殿(写真右側)の向拝(流造で屋根が伸びた部分)から幣殿(写真中央)に繋がり、さらに入母屋造の拝殿に繋がる屋根の構造を見たところ。

別に珍しい作りではないと思うが、この全体像が見えることは少ないので写真を撮らせて頂いてきた。

先に書いたように、この神社は平安遷都以前から古代の神様をお祀りしていたのだが、9世紀半ばごろ、地震などの天災の後、京都で行われた土木工事にやってきた加賀の人々が故郷の敷地天神さまからご祭神の菅生石部神を勧請したことから敷地神社と呼ばれるようになったそうだ。

木花開耶姫命さまは、加賀の菅生石部神さまのお母さまにあたる。






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2015-09-29更新 



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