北野天満宮 Part.3

さて、パート3になる。昨日の続きで摂末社の紹介だ。

画像はクリックで別窓拡大する。


摂社・福部社(ふくべしゃ)

昨日の八社の中にも末社として存在したが、こちらは格上の摂社。

菅公の舎人であった

十川能福

そごうのうふく

さまをお祀りするものなのだが、お名前の良さから福運の神様としての信仰を集めているらしい。




摂社・白太夫社
(しらだゆうしゃ)

昨日の十二社にもあったが、こっちは独立した社殿の摂社。ご祭神は

度会晴彦
わたらいはるひこ


をお祀りする。翁は菅公の誕生以来のお世話役で、若いころから頭が白かったためこう呼ばれたとか。各地の天満宮には必ずと言っていいほどこの白大夫社が摂社としてお祀りされている。




これは三度目の登場になるが、これは摂社である老松社

ご由緒などについては昨日紹介した二番目の単独社殿の末社・老松社を参照してくれ。




摂社・火之御子神社(ひのみこじんじゃ)。

ご祭神は

火雷神
からいしん・ほのいかづちのかみ


さまである。天満宮ができる以前から当地に祀られていた神様で、菅公が火雷天神さまと呼ばれるようになったきっかけの神様ともいえるようだ。




古代の漢字っぽくて素敵なので扁額も撮らせていただいた。






臥牛いろいろ。

よく撫でられてつやつや。(笑)




平入末社殿の四社、ご祭神と社名は次の通り。

事代主命(ことしろぬしのみこと)さまをお祀りする夷社(えびすしゃ)。

神太郎丸(みわのたろうまる)さまをお祀りする松童社(まつどうしゃ)。

田別尊(ほんだわけのみこと)さまをお祀りする八幡社(はちまんしゃ)。

若松章基(わかまつあきもと)さまをお祀りする若松社(わかまつしゃ)。




同じく平入末社殿の七社

建御名方命(たけみなかたのみこと)さまをお祀りする那伊鎌社(ないかましゃ)。

一言主神(ひとことぬしのかみ)さまをお祀りする一拳社(ひとこぶししゃ)。

天稲倉宇気持命(あめのいなくらうけもちのみこと)、豊宇気能媛(とようけのひめのみこと)さまをお祀りする周枳社(すきしゃ)。

菅原輔正(すがわらのすけまさ)卿をお祀りする宰相殿社(さいしょうでんしゃ)。

菅原定義(すがわらのさだよし)卿をお祀りする和泉殿社(いずみでんしゃ)。

菅原在良(すがわらのありよし)卿をお祀りする三位殿社(さんみでんしゃ)。

秋篠安人(あきしののやすんど)卿をお祀りする大判事社(だいはんじしゃ)。







この三間社流造の社殿にも三つの神社がお祀りされているが、右から順にとかではなく三社が揃って真ん中の神殿に相殿されている。

これまでに紹介した複数社殿の十二社や四社などは、一間社ひとつに一つの神社が祀られていて、それらが間の柱を共有して並んでいる形式と読み取れるが、この社殿は三間社一棟に三つの神社をお祀りしていると見ればいい。だからこの建物は三社とは言わないのだ。

お祀りされているのは

豊臣秀吉公をお祀りする豊国神社(とよくにじんじゃ)。

一夜千松の霊
をお祀りする一夜松神社(いちやまつじんじゃ)。

野見宿祢命
(のみのすくねのみこと)さまをお祀りする野見宿祢神社(のみのすくねじんじゃ)。

である。

野見宿祢さまは天穂日命さま(天照大神さまの第二子)の14代の子孫であり、埴輪の開発者でその功によって土師姓を賜った菅原氏の遠い祖先とされている。(菅原道真公の高祖父が土師姓から菅原姓に改姓された。)






この社殿も上と同様、三間社に二つの神社が祀られている。

菅原大神(すがわらのおおかみ)さまをお祀りする一之保神社(いちのほじんじゃ)。

道真公の奇御魂をお祀りする奇御魂神社(くしみたまじんじゃ)。


奇魂(くしみたま:一般にはこう書く)と言うのは神霊の取りうるフェーズの一つだ。

神霊は大きく分けて和魂(にぎみたま)荒魂(あらみたま)の二つがある。和魂は人を守って下さる神様のやさしい側面、荒魂は天変地異をもたらし祟りをなす神様の怖いほうの側面だ。

でもって和魂には奇跡を起こす奇魂いをもたらす幸魂(さきみたま)
も含まれるのだ。




石鳥居




杮葺一間社流造で素朴な木のたたずまいの社殿

でも写真を拡大してよく見ると柱の両サイドに尻尾が見えてる。(笑)






そう、ここは末社・稲荷神社である。





そして稲荷神社の隣には小さな祠。

猿田彦神(さるたひこのかみ)さまをお祀りする末社・猿田彦社だ。相殿として大宮能売神(おおみやのめのかみ)さまを配されている。

猿田彦さまをお祀りしているお社だから想像はつくと思うが、大宮能売神さまとは天鈿女命(あめのうずめのみこと)さまの別名だ。


さ、今日はこのあたりにして、続きは明日の最終回に預けよう。






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北野天満宮 Part.2

今日からは摂末社の案内をしよう。

画像はクリックで別窓拡大する。


末社・文子社(あやこしゃ)

割合小ぶりでシンプルな末社だが、ご祭神は

多治比文子
たじひのあやこ


さま、相殿は

神良種 さま
みわのよしたね

太郎丸 さま
たろうまる

最鎮 さま
さいちん

の三柱である。

多治比文子さまは菅公の乳母であった女性とされている例もよく見かけるが、これはありえない。神社には京都の七条に住んでいた巫女少女(神託を受けた当時少女であった)であると紹介されているがこちらが正解だろう。

と言うのも、文子さまは西暦942年に神託を受け947年に下に書いた通り菅公をお祀りすることになった。この年、菅公が生きていたら102歳である。

102歳の人の乳母だから若くても15歳プラスしても117歳。そのの女性が生きていて神託を受け神社を創建することができるとするならば、こっちの方が凄いような気がする。
(笑) 

なおこの頃の乳母(めのと)と言うのは自身が近い時期に出産した人で母乳が出る人だけでなく、地位の高い人の子供のお世話をする人全部を乳母と言ったらしい。従って数は少ないものの男性の乳母もいたそうだ。

また、太郎丸さまは文子さまに遅れること5年、滋賀県で神主をされていた父君の神良種さまのお子様として7歳の時に文子さまと同じ御神託を受けている。

最鎮さまは、そのご神託に指定された北野の地にあった朝日寺の僧侶である。

そのことからこの4人が力を合わせて北野天満宮を創建されたという事だ。




末社・神明社(しんめいしゃ)

ご祭神は

天照大神 さま
あまてらすおおみかみ

豊受大神 さま
とようけおおかみ


すなわち伊勢神宮のご祭神さまである。




平入社殿の八社。北野天満宮には他にも複数社の社殿がいくつかあるので、それらは社名とご祭神だけをまとめて紹介させてもらう事にしよう。ご由緒を全部書くのはさすがにキツいし、読んでいただく方も退屈だろうから。

この八社を含め複数社殿の建物にあるのはすべて末社だ。

火産神(ほむすびのかみ)さま、興津彦神(おきつひこのかみ)さま、興津媛神(おきつひめのかみ)さまをお祀りする荒神社(こうじんしゃ)。

高龗神(たかおかみのかみ)さまをお祀りする貴布禰社(きぶねしゃ)。

小槻宿祢今雄(こづきのすくねいまお)さまをお祀りする今雄社(いまおしゃ)。

日本武尊(やまとたけるのみこと)さまをお祀りする早取社(はやとりしゃ)。

菅公の眷属神さまの御霊(みたま)をお祀りする御霊社(みたましゃ)。

菅公のご息女さまをお祀りする安麻神社(あまじんじゃ)。

瓊瓊杵命(ににぎのみこと)さま、天児屋根命(あめのこやねのみこと)さまをお祀りする高千穂社(たかちほしゃ)。

十川能福(そごうのうふく)さまをお祀りする福部社(ふくべしゃ)。





こちらは上で紹介した西側の八社とともに境内の北西角をなす北側の十二社である。社名・ご祭神は以下の通り。

崇道天皇(すどうてんのう)をお祀りする崇道天皇社(すどうてんのうしゃ)。

吉備真備(きびのまきび)公をお祀りする吉備大臣社(きびのおおおみしゃ)。

伊予親王(いよしんのう)をお祀りする櫻葉社(さくらばしゃ)。


度会晴彦(わたらいはるひこ)翁をお祀りする白太夫社(しらだゆうしゃ)。

島田忠興(しまだただおき)翁をお祀りする老松社(おいまつしゃ)。

藤原広嗣(ぶじわらのひろつぐ)さまをお祀りする太宰少貳社(だざいのしょうにしゃ)。

淳仁天皇(じゅんにんてんのう)をお祀りする淳仁天皇社(じゅんにんてんのうしゃ)。

文屋宮田麿(ぶんやのみやたまろ)さまをお祀りする文太夫社(ぶんたゆうしゃ)。

藤太夫吉子(とうだゆうきっし)さまをお祀りする藤太夫社(とうだゆうしゃ)。

橘逸勢(たちばなのはやなり)さまをお祀りする橘逸勢社(たちばなのはやなりしゃ)。

大門内供奉(だいもんないぐぶ)をお祀りする大門社(だいもんしゃ)。

寛算入寺(かんざんにゅうじ)をお祀りする寛算社(かんざんしゃ)。


赤文字で示したのは、御霊信仰において怨霊とされた方々である。まぁ吉備真備さまだけは怨霊と言うのは少し違う感じだが、御霊神社のご祭神でもあるのでそちらにカウントさせていただいた。

怨霊率67%ってのはちょっと怖いかも。^^;





これは本殿を裏側から見たところだが、左手側、ちょうど北側の辺に向拝が設けられている。




これがそうだ。本殿の裏側中央にあたる拝所である。

御后三柱(ごこうのみはしら)と言い、ご祭神は

天穂日命 さま
あめのほひのみこと


菅原清公 
すがわらのきよきみ

菅原是善 
すがわらのこれよし


の三柱だ。菅原家は土師氏の出であるが、土師氏の祖神は天穂日命さまなので、菅原家の祖神でもあるという事だろう。また、菅原清公卿は道真公の祖父、菅原是善卿は父である。




上で紹介した十二社の中にもあったが、これも末社・老松社だ。

ご祭神の

島田忠興
しまだただおき


さまは、菅公の家臣で、太宰府に流された際菅公から松の種を託された人物とされる。菅公が天神としてこの地に降臨された際、たくさんの松が一夜にして生えたという伝説もあるようだ。




北野天満宮の摂末社群の中で最も規模の大きな、摂社・ 地主神社(じぬしじんじゃ)。

ご祭神は八百万の神様すべてと言う意味の

天神地祇
てんしんちぎ


さまに、相殿として菅公のご血縁の三柱

敦実親王
あつみしんのう

斎世親王
ときよしんのう

源英明朝臣
みなもとのひであきらあそん


をお祀りしている。






一番上で紹介した多治比文子(たじひのあやこ)さまが菅公の神霊の託宣を受けた際、身分の低かった彼女は神社を立てることもできず、自宅に祠を作ってお祀りしていた。

その後、先に紹介した通りこの北野天満宮が完成するのだが、彼女の自宅も後年神殿に作り改められた。


そして幾度かの遷座を経て現在この地に坐しておられる。

それがこの末社・文子天満宮であり、ご祭神は菅原道真公である。


という事で続きはまた明日。






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