北野天満宮 Part.4

さて、昨日の続きだ。今日で北野天満宮の紹介は終わる。

画像はクリックで別窓拡大する。


石鳥居

柱に何か彫り付けてある。




ひたすらに おすがり申す お牛さま 青二

なんだか必死の思いが伝わってくる川柳だが、この青二と言う雅号の持ち主は判らない。ま、青山二丁目でないことは確かだろう。w




その石鳥居の奥には根巻を黒く塗った朱塗りの鳥居が三基。とはいえお稲荷さんではない。




賽銭箱こそ一方向だが、四方から参拝できるようにした社殿。




御神体の臥牛像。

ここは牛社(うししゃ)である。もちろん撫でてOK。




これは宗像三女神をお祀りする末社・宗像社(むなかたしゃ)だ。

ご祭神は具体的に

田心媛神 さま
たごりひめのかみ

湍津媛神 さま
たぎつひめのかみ

市杵島媛神 さま
いちきしまひめのかみ

の三柱である。





これは、末社・伴氏社(ともうじしゃ)である。

ご祭神は菅原道真公の母君だ。菅公の母君は伴真成さまの娘さんなのでこのような社名になっている。




この伴氏社の前にある鳥居が少し変わっている。ベースになるのは明神鳥居のバリエーション、中山鳥居であるが・・・

写真を失敗したので肝心のところが写ってないが、額束(扁額を取り付ける台)が島木(上の横棒の下半分、反っていない部分)を左右に分断しているのだ。普通の鳥居の場合、額束は島木の下で止まっている。

そしてもう一つ鳥居の台座の部分に蓮花が刻まれているのだ。神仏習合時代の名残なのかもしれないな。




肝心の部分を覆い隠していたのは金柑の木だ。たわわに実っていた。




手水舎

ここにもしっかりが臥せている。





今は休憩所として使われている絵馬舎




複雑な作りの宝物殿




そしてこの地は太閤さんの北野大茶湯が開催された場所でもある。

今回は4回シリーズと予想以上に長くなった。最後まで付き合ってくれて感謝する。






にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←ブログランキング(常設)への応援よろしくお願いします。








今日の七十二候 3月10日 桃笑き始める
(ももさきはじめる)




            

北野天満宮 Part.3

さて、パート3になる。昨日の続きで摂末社の紹介だ。

画像はクリックで別窓拡大する。


摂社・福部社(ふくべしゃ)

昨日の八社の中にも末社として存在したが、こちらは格上の摂社。

菅公の舎人であった

十川能福

そごうのうふく

さまをお祀りするものなのだが、お名前の良さから福運の神様としての信仰を集めているらしい。




摂社・白太夫社
(しらだゆうしゃ)

昨日の十二社にもあったが、こっちは独立した社殿の摂社。ご祭神は

度会晴彦
わたらいはるひこ


をお祀りする。翁は菅公の誕生以来のお世話役で、若いころから頭が白かったためこう呼ばれたとか。各地の天満宮には必ずと言っていいほどこの白大夫社が摂社としてお祀りされている。




これは三度目の登場になるが、これは摂社である老松社

ご由緒などについては昨日紹介した二番目の単独社殿の末社・老松社を参照してくれ。




摂社・火之御子神社(ひのみこじんじゃ)。

ご祭神は

火雷神
からいしん・ほのいかづちのかみ


さまである。天満宮ができる以前から当地に祀られていた神様で、菅公が火雷天神さまと呼ばれるようになったきっかけの神様ともいえるようだ。




古代の漢字っぽくて素敵なので扁額も撮らせていただいた。






臥牛いろいろ。

よく撫でられてつやつや。(笑)




平入末社殿の四社、ご祭神と社名は次の通り。

事代主命(ことしろぬしのみこと)さまをお祀りする夷社(えびすしゃ)。

神太郎丸(みわのたろうまる)さまをお祀りする松童社(まつどうしゃ)。

田別尊(ほんだわけのみこと)さまをお祀りする八幡社(はちまんしゃ)。

若松章基(わかまつあきもと)さまをお祀りする若松社(わかまつしゃ)。




同じく平入末社殿の七社

建御名方命(たけみなかたのみこと)さまをお祀りする那伊鎌社(ないかましゃ)。

一言主神(ひとことぬしのかみ)さまをお祀りする一拳社(ひとこぶししゃ)。

天稲倉宇気持命(あめのいなくらうけもちのみこと)、豊宇気能媛(とようけのひめのみこと)さまをお祀りする周枳社(すきしゃ)。

菅原輔正(すがわらのすけまさ)卿をお祀りする宰相殿社(さいしょうでんしゃ)。

菅原定義(すがわらのさだよし)卿をお祀りする和泉殿社(いずみでんしゃ)。

菅原在良(すがわらのありよし)卿をお祀りする三位殿社(さんみでんしゃ)。

秋篠安人(あきしののやすんど)卿をお祀りする大判事社(だいはんじしゃ)。







この三間社流造の社殿にも三つの神社がお祀りされているが、右から順にとかではなく三社が揃って真ん中の神殿に相殿されている。

これまでに紹介した複数社殿の十二社や四社などは、一間社ひとつに一つの神社が祀られていて、それらが間の柱を共有して並んでいる形式と読み取れるが、この社殿は三間社一棟に三つの神社をお祀りしていると見ればいい。だからこの建物は三社とは言わないのだ。

お祀りされているのは

豊臣秀吉公をお祀りする豊国神社(とよくにじんじゃ)。

一夜千松の霊
をお祀りする一夜松神社(いちやまつじんじゃ)。

野見宿祢命
(のみのすくねのみこと)さまをお祀りする野見宿祢神社(のみのすくねじんじゃ)。

である。

野見宿祢さまは天穂日命さま(天照大神さまの第二子)の14代の子孫であり、埴輪の開発者でその功によって土師姓を賜った菅原氏の遠い祖先とされている。(菅原道真公の高祖父が土師姓から菅原姓に改姓された。)






この社殿も上と同様、三間社に二つの神社が祀られている。

菅原大神(すがわらのおおかみ)さまをお祀りする一之保神社(いちのほじんじゃ)。

道真公の奇御魂をお祀りする奇御魂神社(くしみたまじんじゃ)。


奇魂(くしみたま:一般にはこう書く)と言うのは神霊の取りうるフェーズの一つだ。

神霊は大きく分けて和魂(にぎみたま)荒魂(あらみたま)の二つがある。和魂は人を守って下さる神様のやさしい側面、荒魂は天変地異をもたらし祟りをなす神様の怖いほうの側面だ。

でもって和魂には奇跡を起こす奇魂いをもたらす幸魂(さきみたま)
も含まれるのだ。




石鳥居




杮葺一間社流造で素朴な木のたたずまいの社殿

でも写真を拡大してよく見ると柱の両サイドに尻尾が見えてる。(笑)






そう、ここは末社・稲荷神社である。





そして稲荷神社の隣には小さな祠。

猿田彦神(さるたひこのかみ)さまをお祀りする末社・猿田彦社だ。相殿として大宮能売神(おおみやのめのかみ)さまを配されている。

猿田彦さまをお祀りしているお社だから想像はつくと思うが、大宮能売神さまとは天鈿女命(あめのうずめのみこと)さまの別名だ。


さ、今日はこのあたりにして、続きは明日の最終回に預けよう。






にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←ブログランキング(常設)への応援よろしくお願いします。












 

アクセス数

7月のアクセス数: 72,798 
6月のアクセス数: 70,447 
累計アクセス数:3,028,703 
2013年4月1日〜2018年7月31日 


プロフィール


 管 
  

  
 
  スピンオフサイト: 

俺と糖尿病の15年戦争 
2015-09-29更新 



にほんブログ村最新記事

おすすめコンテンツ


カレンダー

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

最近のコメント 10件


健康向上♪

 送料無料! 

iHerb なんと$40以上の購入で
・アメリカから送料無料!
・購入金額の5%off!!

↑終了日未定早い者勝ち!!↑

このバナーからの初回注文は
最大25%OFF!

表示中のエントリー

カテゴリー一覧

月別記事庫

記事情報

最後に更新した日:2018/09/26

サイト内検索

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM