五條天神宮

今回紹介する神社は、京都市街地のど真ん中にある。



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地図上、のマークの下の方に

天使突抜
てんしつきぬけ


と言う地名があるが、別にエンジェルが屋根を突き破って落ちてくるわけではない。

今回紹介するこの神社は、平安京遷都と同時に大和の国から天津神(あまつかみ)を勧請して創建されたので、当初は天神(てんしん)と呼ばれていたのが訛化して、いつの頃からか

天使の宮
てんしのみや


と呼ばれるようになったのだ。現在の社名は江戸時代ぐらいから呼ばれるようになったとか。

現在の東中筋通と言う道は、この神社の神域を南北に貫通する参詣道をもとに作られたので、もともとは天使突抜通と呼ばれていたことに由来する。


写真は全部クリックで別窓拡大する。



このように、本当に市街地ど真ん中

多分左側のマンションは神社の持ち物か、神社が土地を売ったとか貸しているとかじゃないかと思う。




これが正面。

社名碑は五條天神宮で、各種観光案内などにも「ごじょうてんんぐう」と書かれているが、本来は

五條天神
ごじょうてん

だったらしい。




正面鳥居は、南北に走る

西洞院通
にしのとういんどおり


に面した東向きの入り口だが、この写真は東西に走る

松原通
まつばらどおり


に面した北向きの入り口だ。

社名碑には

皇國醫祖淡渟蠹

と書いてある。あとで述べるが、この石碑の横には

筑紫天満宮


の文字も見える。それがまたなのだ。


携帯
で見て頂いている方の中には、旧字体で表記した社名碑の文字が一部顔文字になっているかもしれない。実際には皇国医祖神五条天神宮と言う字なので読み換えてくれ。





なかなかおしゃれな吐水龍




社務所。(笑)

最初に話題に出したマンションの一階にある。




狛犬さん、吽形。
なかなか筋骨隆々たる強そうな狛犬さんだ。




こちらは阿形、やはりマッチョだねぇ。w




ご祭神、少彦名大神をたたえる石碑。もともとは明和6年(1769年)に建立されたものらしいが、近年倒壊して再建したものだそうだ。

再建の際、破片から文字を拾ったため、かなり奇怪な文字があるという。幸いなことに大阪の神農さんに、こちらの元の碑文を写し取った碑があり、今度はそちらからコピーバックして再建を果たしたとか。

タイトルは

醫祖神之碣
いそしんのけつ

うがい薬のお尻ではない。w

銘の内容は次の通り。京都市総務課広報から転載した。

彫刻銘文      現代語訳
猗與懿矣      ああすばらしいことだ
少彦之神      少彦名神は
偕介大汝      広く人を助けとなり
妥国安民      国と人民の安寧を保つ
医薬茲肇      医薬の根源はこの神に始まり
起死回春      死者をよみがえらせ老人をも若返らせる
沢洽天下      この神の恵みは天下に広まり
孰若厥仁      この神の仁徳もまた劣らない
年紀万億      神社の祭祀は永久に続き
功徳日新      功徳は日々新たである




これが拝殿




拝殿の扁額




屋根についていた神紋なのだが、こんな紋は見たことがない。

葉っぱの外形は柏系統の柄なのだが、葉っぱの中身は葵に近い。さらに実と蔓のモチーフも描かれている。実じゃなくてつぼみかもしれないが。

俺の持っている簡略版の紋帳にはこんな図柄は掲載されていない。

誰か何と言う紋か知っていたらぜひ教えてほしい。




ご祭神は

少彦名大神
すくなひこなおおかみ

天照皇大神
あまてらすおおみかみ


大己貴命
おおなむちのみこと


の三柱だ。

天神宮と言う名前だが菅原道真公をお祀りしているわけではない。先にも述べたように、天神とは天津神意味しているのだ。

・・・大己貴命さまは天津神じゃなくて地祇(国津神)だよな。まぁ少彦名さまとはプロジェクトパートナーだからいいのか。




こちらは本殿。

個人的な意見だが、少彦名大神(少彦名命)さまは天津神の中でもちょっと変わった存在だと思っている。

大己貴命(大国主命)さまが出雲の海岸に立っていると、波のかなたから

天乃羅摩船
あめのかがみのふね


に乗って登場したのがこの神様だ。蛾の皮と翅(あるいはミソサザイの皮と羽)をそのまま衣服にしている、とても小さな神様だが、

葦原中国(日本)
あしはらのなかつくに


の国づくりに協力して、医薬(温泉療法・薬物治療)・酒造・農業(生産性向上・病虫害の防除)など、当時としてのハイテク技術を指導した。

さらに山や丘を作るような巨大土木工事を行ったが、国づくりの完成を見る前に、粟の茎に乗って常世へ帰って行ったと言われる。


なんとも多分にSF要素の強い神様ではないか。



ちょっと追記。

このように書くと、渡来人を神様として崇めたと言う発想が出てくるのは自然な流れだとは思うが、そうではないらしい。純粋な神話であって、渡来人云々は珍説奇説の類とされているようだ。

少彦名命は日本海側の波の間からかがみの船に乗って現れたと表現されている。波の上を木造船に乗って現れたのではないのだ。

また、常世(あの世とか天国とか・・・)に帰る際には熊野から帰ったとされる。今風に言えば島根県から日本に入られ、和歌山県から出国されたという事になるのだ。

粟の茎に乗って帰る時は、弾かれたように一瞬で空に舞い上がったとされる話もある。

SF作家ならこのモチーフだけで短編の一つも書けるんじゃないかな。w






拝殿、本殿横を通って摂末社の並ぶ裏側へ。




筑紫天満宮
菅原道真公は関係ないと書いたが、摂末社にお祀りされておられた。

ただ、筑紫天満宮と言う神社の本社がどこにあるのかが判らない。
太宰府天満宮のことなのか、筑紫神社のことなのか・・・




その横には臥牛星梅鉢の紋もついているので、間違いなく菅公の天満宮だ。






そのほかの摂末社。とても小さな神社だったが、なかなかに興味深いところでもあった。






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城南宮

夏ごろに楽天ブログで紹介した、車でくぐれる茅の輪くぐり



これを行っている神社

城南宮
じょうなんぐう


を今回は紹介する。


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実は11月3日の曲水の宴を紹介したかったのだが、どうしても休みの日に仕事が入っちゃったので今回は涙をのんだ。年に二回あるから、いずれ紹介したいと思う。


写真はすべてクリックで別窓拡大する。



神社の創建は不明だそうだ。
もともとこのあたりにあった秦氏の氏神

真幡寸神社
まはたぎじんじゃ


に、三韓征伐からお戻りになられた神功皇后の船旗を奉斎したのがこの神社の始まりだと伝えられる。三韓征伐ってんだから、3世紀から4世紀ごろの話だな。

その後、平安京造営に伴って、神世七代の筆頭をお迎えしたらしい。


城南宮鳥居

正面鳥居だ、よく見てくれ。
なんか違和感はないか?


我々が普段目にする鳥居の多くは下の二つのどちらかの系統だ。

神明式鳥居

神明鳥居
しんめいとりい

伊勢神宮や靖国神社などにみられる、シンプルな形のものだ。


明神式鳥居

明神鳥居
みょうじんとりい


鳥居と言ったらこのデザインが思い浮かぶぐらいポピュラーな形である。


で、この神社の鳥居であるが・・・ちょうど両方をミックスしたような形をしている。一応、系統としては額束がなく、と言う下の段の横棒が柱で止まっているため、神明鳥居のグループに属するようだ。城南宮鳥居と言う固有名詞もついているらしい。




さて、鳥居をくぐって入ると正面には舞殿




横を見るとこの季節らしくが奉納されていた。




こちらは菊盆栽だな。
まだ開花していないので少しさみしい感じだ。




拝殿正面の狛犬さん、吽形。




狛犬さん、阿形。



これが拝殿正面だ。

ご祭神は

国之常立神
くにのとこたちのかみ
八千矛神
やちほこのかみ

気長足姫尊
おきながたらしひめのみこと


の三柱である。

国之常立神は、以前から紹介してきた別天津神に続いて日本神話に登場される神世七代と呼ばれる神々七代十二柱の筆頭である。まだ性別を持たれない神様の内だ。

八千矛神は大国主命の別名である。

さらに気長足姫尊は、この神社の創建の基礎となった三韓征伐を行われた神功皇后のことだ。神功皇后は八幡神・応神天皇のお母さまでもある。




拝殿横の通路から奥を望むと末社が見える。




中へ入る。




これが本殿裏側になる。周囲を末社が取り巻いている形だ。




これは本殿を横から見たところ。




本殿を囲む瑞牆の隙間から外に花が咲いているのが見えた。
秋明菊かな。




絵馬舎にあった大絵馬の中で判読できたものの中で一番古いのは明治42年のものだった。明治42年と言えば1909年、103年前のものだ。




一方、一番新しいのは2〜3週間前だった。(笑)




この建物の竣工記念で奉納されたようだな。

この神社は平安京とともに現在のご祭神がそろわれたわけだが、11世紀ごろ白河天皇によってこの伏見の地に広大な鳥羽離宮(城南離宮)が作られ、その一部となって城南宮の名前が定着したようだ。城南離宮は1.8平方キロの広さと言うから、現在の皇居よりも大きく、モナコ公国のサイズに迫るものだったらしい。

さらに時代は下がって、京都御所の南西にあるので裏鬼門守護ともされた。

様々な変遷はあったが、創建の基礎となった真幡寸神社は境内神社として一番上の写真のような形にお祀りされている。






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