武御前社

今回はちょっと変わった形での神社紹介だ。

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小さな石造りの鳥居の前には松尾祭の幟が立っている。




扁額には武御前社(たけのごぜんしゃ)とある。




一間社流見世棚造の小さなご社殿。お祀りされているのは

武甕槌神 さま
たけみかずちのかみ


である。鹿島神宮から春日大社に神鹿にのってお越しになった神さまだ。雷神であり武神である神様で、この神社には地域の産土神さまとしてお祀りされている。





実はこの神社、松尾大社の西七条にある御旅所の中に鎮座されているのだ。




こちらが西七条御旅所のご社殿前。ご本殿に相当するご社殿は、一間社流造の物がこの奥にあるのだが、どうしてもうまく写せるアングルがなかったので断念。








ちょうど松尾祭の最中なので、お神輿が3基、神輿庫に置いてあった。還幸祭は来週の土曜日なので、あと1週間は神様がここにおられると言う事だ。




境内もささやかながらお祭り体制に入っていた。神幸祭と還幸祭の折には、前の道路を規制してずらっと露店が並ぶけどな。

 
 


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岬神社

今回は京都の繁華街のど真ん中にある小さな神社を紹介しよう。

氏子地域が、三条通〜先斗町〜四条通〜新京極通に囲まれたエリアだということだ。

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神社の名前は岬神社。もともと鴨川中洲の突堤に祀られたことからこの名が付けられたそうだ。

江戸時代になって、土佐藩の京屋敷に遷してお祀りしたことから、土佐稲荷の別名も持っている。




社号標を兼ねたユニークな形の献灯




鳥居は敷地に入ってから、拝殿前に建っている。右側は土佐藩ゆかりの坂本龍馬像。

ゆかりと言うにはちょっとビミョーな立ち位置の人物ではあるが。




拝殿。




こちらは幣殿と言って良いのだろうか。奥の扉がご本殿の扉だ。

ご祭神さまは二柱。

稲荷神のセンターポジション
倉稲魂命 さま
うかのみたまのみこと

土佐稲荷の名前が付けられたのは、この神様をお祀りしているからだ。

もう一柱は
石栄神 さま
せきえいのかみ

どのような御神格かは判らなかった。




この道は蛸薬師通。河原町から木屋町を望む方向で見ている。

夜はにぎやかだぜ。

 
 


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御所八幡宮

久しぶりの京都『神』案内だ。

寒かったから炬燵狸になってたんだが、啓蟄を過ぎて2週間余り、そろそろ動きだそうかなって思ってな。

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で、どこにしようか迷った挙句、京都市中心部の神社に決めた。社名は御所八幡宮(ごしょはちまんぐう)

決して新しくはないが、京都としてはそれほど古くもない神社である。創建者は足利尊氏公。




もともとは13世紀ぐらいに、石清水八幡宮からご祭神さまを勧請して、邸内のお社として祀られていたらしい。それをその後足利尊氏公が建武(延元)の乱ののちに境内を整備、440m四方ぐらいの境内に八棟造(北野天満宮と同じ構造)の壮麗な社殿を設けたとある。

その後、だんだん衰退していった上に、太平洋戦争時の家屋疎開によって境内地を失い、現在のこじんまりしたところへ遷座されたと言うことだ。

京都市は戦時中、空襲によって街全体に延焼するのを防ぐため、御池通と五条通に面した家屋を立ち退かせ、広い通りで市街地を4分割した。それが家屋疎開であり、空襲被害がほとんどなかった京都の中で御池通と五条通だけがそれなりの広さを持っている原因でもある。




鳥居をくぐると小さな手水舎




そして、なぜか西向きに建つ神門と瑞垣。もちろん中にあるご本殿も西向きだ。




神門の格子からご本殿を除かせていただいた。銅葺の一間社流造である。もちろんご祭神さまは

第15代応神天皇の
誉田別命 さま
ほんだわけのみこと


第14代仲哀天皇皇后で応神天皇の母君である神功皇后こと
気長足姫尊 さま
おきながたらしひめのみこと


宗像三女神さまである
比売神 さま
ひめかみ


である。八幡神さまの基本ユニットだな。




境内社・ 高良社

石清水八幡宮の頓宮近くに持摂社として存在する、 高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)様をお祀りするお社だ。




こちらは稲荷神社形式の瑞垣と鳥居に囲まれた境内社。

向かって左は三社。

猿田彦社・金刀比羅社・大宮姫社である。

向かって右は初音稲荷社だ。多分ミクさんとは何の関係もない。w




その瑞垣の脇にひっそり佇む天満宮社

それでも臥牛さんがちゃんといて、撫で繰り回されたせいか、ボロボロになっている。




これは「皇太子殿下御成婚記念碑」だ。横を見ると昭和34年とあるから、今上陛下のご成婚記念だった。




神社西側の高倉通側入り口。鳥居はないが、神門瑞垣が正面に見える。

そうそう交通だが、車で来るのなら市営御池地下駐車場を利用すればいい。30分250円は中心部にしちゃ良心的な設定だ。御池通の地下に1kmくらいある駐車場なので、1D-05〜12くらいに停めると便利だ。P-7EV・堺町通り南側出口エレベータで地上に出ると、最初の写真の風景が見える。

 
 


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北野天満宮末社 伴氏社

以前、北野天満宮のエントリで少し紹介したが、末社・伴氏社(ともうじしゃ)には、ちょっと変わった鳥居があったり、神仏習合の時代の流れを汲んだりしているので、改めて紹介したい。

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伴氏社は、北野天満宮の表参道に面して祀られている。門に到達するちょっと手前だ。

金柑の木に覆われるように、その鳥居は立っている。なんでも鎌倉時代のものだということだから、相当に古いと言えよう。




ご社殿は小さいながら一間社流造のきちんとした形式のものだ。

お祀りされているのは菅原道真公の母君である。母君は個人名は残されていないが、伴真成の娘さんだったらしい。伴真成は、それまで大伴氏と呼ばれた氏族が、即位した親王と諱がかぶるのを避けて、伴氏と改めたタイミングの世代だったようだ。

そのことから、この神社は伴氏社と呼ばれている。




さて、鳥居だ。見ての通りの石鳥居だが、上の横棒は反っており、二段になっている。石造りだから一つの石から削り出されているとは思うが、上段を笠木、下段を島木と言う。下の横棒は貫と呼ばれていて、中央部で上下をつないでいるのは額束と言う。神号や社号を記した扁額を取り付けるベースになるものだ。

よく見ると、貫は柱で止まっていて、左右に突き抜けていない。一般に貫が柱を貫通しないのは「神明式鳥居」系統の鳥居だと言われる。標準的な神明鳥居を見てみよう。




このように実にシンプルだ。島木がないし、笠木は反っていない。そして額束もない。

一方、神明式鳥居系統でも上の横棒が二段になっているものもないわけではない。




パッと見た目には、朱色と言うこともあって、お稲荷さんなどの明神式鳥居の系統に見えるが、これは上の神明鳥居のバリエーションだ。城南宮鳥居と呼ばれている。まさに、その城南宮で撮影したものだが。w

神明式鳥居の共通要素は貫が柱を貫通せず、額束と島木がなく笠木が直線であることだ。城南宮鳥居は島木があるところと島木・笠木がそっているのがイレギュラーだな。




一方、この伴氏社の鳥居は、形式としては城南宮鳥居に額束を設けた形になっているのだ。なので、むしろ明神式鳥居の貫が貫通していないだけと言えなくもない。

しかし、さらにイレギュラーはあるのだ。年月のせいで下にずり落ちてきているが、額束は島木を左右に分断する形で組み立てられている。一般の額束はこうはなっていない。





これが一般的な明神式の石鳥居だ。見ての通り、額束は島木と貫の間に挟まれるように設置されている。さらに貫は柱を貫通し、貫には楔が打ち込まれている。(石鳥居だからそういう形に作られているだけだが。)




この部分は以前にも紹介したが、鳥居の柱の礎石が蓮台になっている。明らかに仏教の影響を強く受けているようだ。時代からしても、神仏習合時代だからこうしたことも当時は普通にあったのだろう。

何にせよ、イレギュラーだらけだから、京都御苑にある厳島神社唐破風鳥居蚕ノ社にある三柱鳥居と並んで、京都三鳥居の一つに数えられている。




これは伴氏社のすぐ隣にあるお寺、東向観音寺だ。本地垂迹思想で天神様は複数の仏さまの化身とされているが、そのご本地仏の一身、十一面観世音菩薩様をご本尊としているそうだ。お寺のことはよく知らないが、京都におられる時は文殊菩薩様で、九州の時が十一面観世音菩薩様だったような記憶もあるのだが…ま、いいか。w




そのお寺の中には、菅原道真公の母君の廟所がある。やはり密接なつながりがあるようだ。この宝塔は、江戸時代までは伴氏社のところにあったそうだが、明治の神仏分離に伴ってこのお寺へと移設されたそうだ。

 
 


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北野天満宮の御土居

昨日の梅苑に続いて「御土居」である。

楽天ブログ時代に、玄琢付近の御土居について紹介したことがあったと思う。御土居と言うのは京都を羅城(要塞都市としての都)にするための防壁だ。高さは5メートルくらい、堀の深さが4メートルくらいなので、巨人が出たら超大型でなくても楽勝で超えられてしまう。(笑)

秀吉公が築造されたのだが、全周25キロぐらいの「壁」だ。今では遺構として市内に点在しているだけだがな。その一部分がこの北野天満宮の神苑になっている。

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昨日の茶菓接待処の裏手に出ると、すぐ御土居の上だ。向こうの方には朱の欄干が見えている。






これは茶室の梅交軒に設けられた舞台で、御土居の外側にあるお堀の役目を果たしている紙屋川を見下ろす形になる。

この辺りはもみじが美しく、天神さんのもみじ苑として、秋にも梅の時期と同じように公開される。茶菓接待付きで700円だそうだ。(笑)

夜にはライトアップもあると聞いているので、覚えていたらまた撮りに来よう。




少し進むと御土居を下りる階段がある。




その下には鴬橋。特に古いものではなく、昭和の初めに架けられたのが戦前の大雨で流失していたあとは放置されていたらしい。21世紀に入ってから、このもみじ苑開苑に伴って再建されたのだそうだ。




御土居の上に戻ると、ご本殿の屋根が目前に見える。




これは御土居の大欅で「東風」と命名されている。樹齢は600年と言うから、御土居が築造された時にはすでに樹齢100年を超える大木だったのだろう。だから、そのままここに立っているのではないかと思う。




大木とくればお約束のアングルを一枚だよな。

 
 


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梅と言えば北野天満宮

白猫会長の写真に触発されて天神さんに行ってきた。

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さすがに早咲きの梅しか咲いてないが、今年は暖かい日が多かったせいか、この時期にしては例年より咲いているように思う。




ピンクの八重は華やかだねぇ。




すごくいい香りがすると思ったら、これは蝋梅だろう。梅じゃなくてクスノキの仲間らしいが、良いものは良い。




紅梅♪






青空に映える紅白の梅。




実は700円を奮発して梅苑に入ってきたのだ。上の縦向け写真2枚は梅苑のものだ。




茶菓接待付きと謳ってあったが、まぁ、値段が値段だけにあまり期待はしていなかった。




梅昆布茶と麩菓子みたいな煎餅。一応ちゃんとした和菓子屋さんのものだから味は悪くない。

今日はここまでにしておくが、もう少し花以外の写真も撮ったので、明日以降に紹介しよう。

 
 


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今日の七十二候  2月9日 立春次候:黄鶯睍
 



            

與杼神社の黄葉

このブログに移転してきた初期の頃に紹介した與杼神社

今年は秋の風景を全然撮影しなかったから、この神社正面を写してきた。

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注連縄を渡されたイチョウが二本。今朝もあたたかい雨だが、今年は寒くなるのが遅かったので、イマイチ黄色が映えない感じがしないでもない。




せっかくだから見上げてきてみた。w






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鎌達稲荷神社・お札とお守り

このブログで紹介している神社だが、検索ベスト5にいつも入っているのが鎌達稲荷神社だ。あとは、田中神社二葉姫稲荷神社が常に入ってるかも。その他は月によってまちまちだな。

その鎌達稲荷神社だが、検索キーワードを見ると、お守りの買い方や神社へのアクセスを調べているものが目立っている。そこで、それについて整理して紹介しようと思い、改めて参拝してきた。

神社の紹介は上のリンクから以前のエントリを参照してくれ。

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鳥居を入って正面右手にある手水の脇には、石蕗(つわぶき)が咲いていた。少し盛りを過ぎた感じだな。




鳥居からまっすぐ進んだところにある社務所の前、左手にはお札とお守りのサンプルが掲示されている。初穂料はお札が1000円、各種お守りは800円だ。

初穂料は賽銭箱に納めるようになっていて、お釣りは出ないので、予め小銭を準備するか、お釣りはお賽銭とするかと言うことになる。




このように引き出しに納められて、自由に求められるようになっている。お札やお守りの他、ご由緒書きや、脇には各種案内もある。

開運守りは見当たらなかった。まぁ、この神社で有名な



 サ ム ハ ラ

は、災難除けと勝運招来のお守りだから、ある程度ご利益が重複するからなのかも。




そのお守りの解説。呪符と書くと「のろいの符」と読む人が多いからだろう、ちゃんと「呪(まじない)のお守」と説明してある。そう、本来「呪い」とは目的や結果の善悪とは関係なく、超自然的な力を求めて行うもの全般なのだ。

だから呪いを「のろい」と読めば悪い方になるし、「まじない」と読めば概ね良い方向性であると考えられる。

ま、悪いまじないもあるから、本来は「まじない」の方がオールラウンダーなのかもな。




お宮参りなどの御祈祷の他、地鎮祭などの出張祭祀もお願いできるようだ。




この奉納幟は、今回探したが見当たらなかった。以前見た時は4〜5000円程度だったと記憶している。正確なところは奉納する前に社務所に問い合わせてくれ。




で、これが授与して頂いてきたお守り。




これは表面。




裏面には神社のお名前が記されている。

そしてアクセスの問題だが、Googleマップの経路検索をリンクしておこう。

⇒地図はこちら


JR西大路駅から徒歩8分だ。車で行くならどこかコインパークでも探してくれ。神社に駐車場はない。






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夕涼ノ宮(久世郡久御山町)

大変小さな神社を紹介する。敷地面積が52坪余りと、完全に民家サイズ。

正式名称は若宮八幡宮だが、このお名前では全国に同名のお社があるから、通称の方で紹介させてもらった。

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正面鳥居はたいへん小さく、建立年代も相当古そうだ。貫の高さは下辺が1.7メートル前後で、かがまないと通れない。

創建がいつの頃なのかもわからないが、江戸時代初期の俗謡には「美津の御牧の夕涼」と謡われていることから見て、新しくても安土桃山時代以前の創建だろう。




社号標


近所のライオンズクラブが近年奉納したもののようだ。




参道階段。と言うか、上の方にあるご本殿には階がなく、見世棚造になっているから、これ自体がご社殿の階なのかもしれない。




銅葺一間社流(見世棚)造のご本殿

若宮八幡宮のご社名から判る通り、ご祭神さまは

八幡宮の主祭神である第15代応神天皇の第4皇子であった、聖帝・第16代仁徳天皇こと
大鷦鷯尊 さま
おほさざきのみこと

である。大変小さな神社であるが、どこかの境外摂社と言う扱いではなさそうだ。現在、神職さんの常駐はなく、近隣の自治会が氏子中となって支えておられるらしい。すぐ近くには別の神社もあるのだが、直接のかかわりは不明だった。






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今日の七十二候  10月19日 寒露末候:蟋蟀在戸




            

大宮姫命稲荷神社

今回紹介するのは、由緒正しく小さな神社である。

大宮姫命稲荷神社(おおみやひめのみこといなりじんじゃ)は、二条城の北西にある。かつてNHK京都放送局だった場所のすぐ近くだ。

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正面鳥居

この鳥居は西を向いて建てられている関係上、向こう側に見えているご本殿は、左側に南を向いて建てられている。




社号標

文字は聖護院の第56代門跡・岩本光徹猊下の御染筆である。




こちらは北側鳥居

昔の郷土史家にはこの神社をして、貧乏稲荷などと俗称されると紹介していた事例もあるようだが、少なくとも現在ではそんなことは当たらないし、おそらくは昔でもそんなことは言わなかったと思う。

貧乏稲荷とは「役立たずな人」の隠語だ。口合い(駄洒落)で、「貧乏な(稲荷)神社」→「鳥居がない」→「取り柄がない」ってことだな。関東では地口と言ってるような感じの言葉遊びだ。

この神社は規模こそ小さいが、少なくとも貧乏と揶揄されるような要素はないと思う。いや、もしかして俺のような貧乏人を助けて下さるお稲荷さんと言う意味だったらうれしいかも。(笑)

もともと平安京の内裏にあった神祇官の西院はこの近辺にあったのだ。八神殿は応仁の乱まではそこにあった。近代になってその土地が別の用途に使われ、つい最近まではNHK京都放送局として使われていた。

そんなことから地元の篤志家が、すぐ近くのこの土地を寄進したのだとか。だから、多少場所が変わったものの、大宮姫命さまはずっとここにおいでになると言えるほど由緒正しい神社なのだ。




ご本殿

銅葺一間社流造。木造部は見世棚造だが、手前に石の階があるから正当なつくりだと思う。鈴と鈴緒は鉄製のフレームから下げられている。このフレームは後ろのご神木を抱き込むような形でご社殿を守るかのように作られているのが良いよな。

御祭神さまは

宮中八神殿の第六殿にお祀りされる女神さまで、
君臣の関係を良好に保ち、帝のお心を和ませる
大宮売神 さま
おおみやのめのかみ

である。諸説あるが、ここでは稲荷神社と言う事になっていることから見ても、稲荷神五柱のうち伏見稲荷大社の南座に鎮座される大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)さまと同じ神様だと思われる。




摂社・光春稲荷大明神社

可愛いサイズの摂社だ。もちろんお稲荷さんだから倉稲魂命さまを中心とした神様方をお祀りしているのだろう。




延命地蔵菩薩堂

瑞垣の外側に設けられた小さな地蔵堂だが、なぜか鰐口(上についている鐘)ではなく本坪鈴(神社で使う鈴緒の付いたあれ)が設けられていたのでご紹介。




神庫の脇、ご神木の根元でくつろぐ三毛姫。(笑)






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2015-09-29更新 



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