惟喬神社

昨日に引き続き京都市北区の山間部、雲ヶ畑地区にある神社を紹介する。社名は惟喬神社(これたかじんじゃ)。名前から判るとおり、悲運の皇子、惟喬親王をご祭神さまとする小さな神社だ。

画像はクリックで別窓拡大する。


バスで行ける一番奥、雲ケ畑岩屋橋バス停からわき道に入ってすぐのところに鳥居と社号標が見える。やや急な階段を上がったところにこの神社はあるのだ。




階段を登りきったところには拝殿






拝殿の奥には狛犬さんが控えており、その奥にさらに階段。




ご本殿覆屋

ご祭神さまは先に紹介した通り惟喬親王(これたかしんのう)。第一皇子でありながら母の出身が力のない氏族であったため、藤原氏を母に持つ第四皇子の後ろ盾になった藤原良房や源信によって退けられた悲運の皇子である。第四皇子はわずか9歳にして即位した清和天皇、藤原良房が摂政に就いたという、とてもわかりやすい権謀術数の帰趨である。

この地は惟喬親王が山頂に都を偲ぶ桟敷を作ったところからゆかりが深いのだが、そのほかにも京都北部から滋賀県にかけて惟喬信仰は散見されるようだ。同じ京都市北区の市内中心部よりのところにも玄武神社という惟喬親王をお祀りする神社がある、以前紹介したので詳しくはそのエントリを見てくれ。






覆屋の中にあるご本殿。格子の間から撮影した関係で全体像が撮れなかったからこれで勘弁してくれ。杮葺一間社流造唐破風向拝付の御社殿は覆屋に入れないと風雨に耐えられなかったのだろう。

この神社の創建は不明だが、江戸時代の地誌によると惟喬親王が可愛がっていた雌鳥が死んだ際、親王自身がここに祠を建てたのだそうだ。そのご縁から、上の覆屋にかかっている扁額には雌宮の文字が見える。

なお、この神社に境内社はない。




ご本殿前から拝殿方向を見下ろす。北山杉の林が広がる山村風景が美しい。




山村とは言っても、一日に二本もバスが走っているんだから立派なものだ。ネーミングから木炭バス(爆)を連想させるが、タクシー会社と契約してジャンボタクシーをバスとして運行させているみたいだな。




これはバス停の名前にもなっている岩屋橋から祖父谷川を見下ろしたところ。この橋の下で雲ケ畑岩谷川と合流し雲ケ畑川となって京都市中心部方向に流れる。




これは少し下流に下がったところ、昨日の厳島神社との間で中津川と言う細い川と雲ケ畑川が合流する地点だ。写真下が中津川、木で隠れて見えないが右側上流側が雲ケ畑川。そして合流したのちの右側が鴨川(賀茂川)と言うことになる。






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