解釈改憲とか

今日の話は長くて重くて、人によっては不快かも知れないので、時間のある時にでもゆっくり読んでもらうかスルーしてくれ。w 一応感情論に走らないようできるだけ客観的に書いたつもりだ。

憲法解釈の変更を行う閣議決定から10日、そろそろブームも終わっただろうからこの話題に触れてみようかと思う。集団的自衛権だけに話を絞ると、結果的に世論をミスリードするマスコミと同じことになりかねないから、もう少し話を広げて全体像を眺めてみたい。

まずは俺のスタンスを明確にするため、「閣議決定で憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した。」と言うことに対する評価を行っておこう。このことについて俺の意見は「為政者として誤った行動だが、必要な行動であった。」と考えている。

なぜ誤った行動なのかと言うと、明文的基本法である憲法を改正せず、解釈を変更することは民主主義の根幹を揺るがしかねない行為だからである。にもかかわらずなぜ必要であったかと言うと、目前にあったのが民主主義を云々する以前の大きな危機、国家そのものの存続が危うくなる状況があり、それを回避するための緊急避難が必要とされていたのではないかと考えられるからだ。

この話は様々な方向から検討しないといけない、それだけに順を追って羅列するのも難しいが、できるだけわかりやすい文章にするよう努力する。まずは日本と言う国家が世界の中でどのような位置にいるかの認識から見てみよう。

日本は弱い国である。

その事を日本人はしっかり認識できているだろうか。日本共産党などはそのスローガンの中で「アメリカの言いなりはもうやめよう」などと威勢の良い事を言っている。しかしそれは不可能だ。第一、彼らが絶対改正したくないぐらい大好きな日本国憲法はアメリカの言いなりで作られたものなんだぜ。アメリカの言いなりを止めるならまずはそこからだろ?

戦後、日米安全保障条約と言うアメリカの庇護がなければ、日本はとっくにソ連の物になっていた。それは大東亜戦争前に日本がいなかったら朝鮮がロシアの物になっていたであろうことと同じなのだ。

幸いにしてアメリカから売ってもらった武器と在日米軍のおかげで日本国は冷戦時代を形だけでも独立国として生き抜いてこられた。しかし中国と言う厄介者が武力においても、経済的な部分でも台頭してきた現在、再び日本の危機は現実の物になりつつあるのだ。

あえて名指しするが、第二次大戦後の行動、たとえば中国の新疆侵攻やチベット侵攻、内モンゴル粛清事件、ロシアのオセチア紛争介入や現在進行形のウクライナ・クリミア紛争を見ても中国とロシアの領土欲と覇権主義はなりふり構わない前時代的レベル、すなわち「欲しいから盗る」と言うものである。

日本は世界有数の経済力を持ち、多くの国から信頼を得て友好関係を築いているから、侵略の可能性のあるような国々と対峙しても具体的戦力は必要ないと言う向きもあるだろう。しかし、そんなものは「先に占領すれば後はどうにでもなる」と考えるタイプの国の前では蟷螂の斧に過ぎない。まして専守防衛と言うきれいごとで自らの手を縛ってしまっている日本を侵略するのは極めて簡単なことなのだ。

日本は弱い国だ。だからアメリカの言いなりにならないのなら中国の言いなりになるかロシアの言いなりになるしかない。独り立ちできるほどの強い国を作って来なかったのはほかならぬ日本人なのである。

では安全で強い国を作るにはどうしたら良いのか。もちろんその前提として国際協調があることは言うまでもないし、これまで通り国際協調路線は継続すればいいと思う。ただし、強盗団のロシアと中国、火事場泥棒の韓国北朝鮮についてだけは敢えて喧嘩する必要はないものの、平和的に付き合える相手として信用できる相手ではないと断じておかなければならない。

その上でまずは専守防衛について考えてみよう。平和のため専守防衛に徹し外国に攻め入ることはしないと決めておくことがいかに危険かはちょっと考えれば誰にでも判るはずだ。

平和憲法を遵守していれば外国に侵略されないなんてファンタジーを信じている人は・・・そうだなサンタクロースの実在を信じている人と同程度にはまだいるのかもしれない。しかし残念だがそれはありえないのだ。

侵略する側が一般的な普通の国なら国連が非難決議を出したり制裁を行ったりしてして日本を攻撃した国の方が孤立するリスクがあるだろうから、滅多に日本が侵略されることはないと思いたい。しかし旧敵国条項が生きている国連だから完全に信頼できるとも言い難いのが正直なところだ。それに、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国の五カ国は国連に非難される恐れもなく日本を侵略できるのだ。なぜならその国に対して非難決議をしようとしてもその国々は拒否権を持っているのでそもそも非難決議自体が国連を通らない。

そして大事なのは、仮に日本が完全武装した国であっても、安保理の常任理事国以外の外国が日本を侵略してきたら、やはり国連は基本的に侵略国側を非難し制裁するだろうということである。日本の武装と国連の態度は関係ないのだ。言い換えれば、日本が武装したことが原因で他国から攻められやすくなることはありえないと言う意味でもあるのだ。

もう一つは物理的な事実の話だ。思想や政治は関係なく、池に石を投げたら波が起こって石が沈むと言う現象と同じレベルの事実である。どこかの国が日本を侵略しようと攻め入ってくることを考えてみよう。

現代の戦争だから最初の小競り合いである民間船に偽装した小型艦艇での領海侵犯や潜水艇による秘密裏の侵入(つまり尖閣諸島で起こっている事や北朝鮮の行動もその中に含まれる)を別にすれば、ちゃんとした戦闘では航空兵力が先陣を切るのは当然で、制空戦闘機のほか爆装した対地攻撃機や爆撃機、さらには地上制圧用の戦闘ヘリもやってくるだろう。

日本の防衛能力の低さを見くびってはいけない。(笑) 流石に当時よりは多少マシになっていると信じたいが、38年前のベレンコ中尉亡命事件を思い出してみれば、たった一機の戦闘機に函館空港に強行着陸されてしまったんだぜ。あれが複数の戦闘機を直掩機に持つ爆撃機の編隊だったら、今頃函館と言う町は地図ではなく歴史書にだけ載っていることになっていただろう。

そうした航空兵力と戦闘を行う場合、日本の国土の上でやるのと公海上や敵の国土の上でやること、どっちが日本にとって安全かってことだ。日本に落とすための爆弾を満載した飛行機を日本の都市上空で迎撃すればどこに墜ちる?

日本の憲法が日本の政府から交戦権を奪っている現状では、宣戦布告を行うことも受ける事もできない。つまり公海上での戦闘が行えないってことだ。だから現状では敵に爆弾を落とされるか自分で爆弾を抱えた敵機を日本に落とすしかないってことだな。もちろん、運が良ければ日本の領海上に落ちてくれるかもしれないが、領海の幅はたった22kmあまり、領海上で迎撃に成功したとしても、敵機の破片に固有速度が維持される以上、地面に落ちる頃には陸地にまで届いている可能性の方が高いだろう。

この「安全」についてはアメリカ人に学ぶべきところが多い。戦争大好きでいつも世界中で鉄砲の弾を飛ばしているアメリカ人が本気で怒ったことが何度かある。我々にもよく判るのは真珠湾攻撃のときと911の時だ。どちらも主戦場がアメリカであった。アメリカ人は闘いを肯定しても自国が戦場になることを許さない。それだけを見ても国を安全に保つ上で日本人が見習うべきことだと思わないか。

しかし、法的整備が必要な一番の内容は単に交戦権を認めることではない。最も大事なのは日本を「侵略戦争のできる国」にすることなのである。なぜ侵略戦争が必要なのか、侵略と言う言葉は良くないが、侵略戦争ができないと平和で安全な国が作れない言うことは先の大戦の後に起こった、日本が侵略された事案を見れば判りやすい。


竹島は日本がアメリカによる占領を受けていた時期に韓国が武力による侵略を行って自国の領土に編入しようともくろんだ島である。当時韓国軍による漁民の民間人虐殺も数多くあった。面白いと言えば語弊があるが、当時の自由党・吉田内閣は平和主義を標榜する事なかれ主義だったために、日本共産党が主張した武力による奪還を行わなかったのだ。このことが敵に誤ったメッセージを送ってしまうことになり、竹島の侵略が固定化した。

現在竹島は日本の領土でありながら事実上韓国の施政権下にある。もし現在、当時日本共産党が主張したように防衛出動で自衛隊を出して韓国から竹島を奪い返したら、ほぼ間違いなく侵略行為として扱われるだろう・・・おそらくならその日本共産党などによって。(笑) ただ、日本が自分の手を縛っていなければ、国際的には「正当な奪還」として主張することもできる。

でも、現行法のもとでそれをやってしまうと、国内問題として他国を侵略したと言う批判が国内から巻き起こるであろうことは想像に難くない。

日本のもう一つの問題はここにある。いわゆるスパイ防止法がない事だ。あからさまな利敵行為であるにもかかわらず、言論の自由を隠れ蓑に日本に対する外患誘致を行う輩が多すぎる。今国会で利敵行為を含むスパイ行為について死刑のみを選択肢とするスパイ防止法案を提出してみれば面白いかもしれない。だれがスパイなのか、どの国がスパイを送り込んでいるのかが簡単にあぶり出せるかもな。(笑)


ちょっと話が横道にそれたが、侵略戦争を国内法で禁止すると言うことは、侵略された国土を取り返す行為が逆に侵略行為に当たると言う言質を敵に与え、敵国の手先やシンパである日本人に、正当な防衛行動に対する妨害・破壊活動をしやすくさせてしまうと言うことなのだ。

また、もし侵略戦争を日本の権利だとする法律ができたところで、日本から仕掛ける侵略戦争は起こらないだろう。日本にとってメリットが少な過ぎるからだ。侵略して領土を増やすと言う事はそこを管理するコストが増えると言う事でもある。

単に収奪するためだけの領土を求めるなら多少の黒字も期待できるが、近代史における過去の失敗から見ても、得られるものより多くのコストを突っ込んで侵略した土地を整備しようとしてしまうのが日本人の悪しき習性である。そんなお人よし行為は侵略とすら呼べない情けない代物だが、それが近代以降の日本人なのだ。

だから長期間の不況にあえいだ日本は、他国を侵略してあげるほど余裕のある状態ではない。従って「侵略できる」は「侵略を行う」に直結しない。しかし「侵略できない」は「奪還を行えない」と等価なのだ。


さて、そこで集団的自衛権だ。日米安全保障条約がある以上アメリカは日本を守る義務があるので、これまでと変わらない防衛行動をとってくれると多くの日本人は考えている。しかし、アメリカ人だって人間だしアメリカ政府にだって都合と言う物がある。アメリカ政府にも大変大きな敵「野党」と言うのが常に政権を脅かしているわけだからな。

日本政府が一所懸命自国を守ろうとしているのならともかく、アメリカ人がうっかり与えてしまった憲法を盾に、自分で自分を守ろうとしない国を守るためになぜアメリカ軍人が命を賭ける必要があるのかと思う方が普通だろうし、野党ってのはそういう市民感覚を最大限武器として使ってくる。

だから、日本の政府としては集団的自衛権の発動と言う目に見える形での日本の態度を示す必要があったのだ。もちろんその先には上に言ったような理由で国家としての交戦権の確保など憲法の改正を視野に入れてると思うしそうでないと困る。

安倍総理が高い支持率を犠牲にしてまで集団的自衛権の容認を急いだのは、おそらく我々市井の人間には判らない様々な調査活動、多分DIHあたりからもたらされた情報によって、焦眉の急とも言うべき危機的な状況があったんだろう。これが内閣支持率の低迷している時だったら俺も一発逆転を狙った安倍さんのパフォーマンスと片付けていたかもしれない。

また、麻生副総理も掩護射撃として国民に判りやすい形で説明しようとした。勉強ができない(=政権が安定しない)、喧嘩が弱い(=防衛力に縛りがある)、貧乏である(=国家が貧しい)と学校ではいじめの対象(=世界では侵略の対象)になる。しかし、お金を持っていたらなおさら酷い目に会う(=様々な負担金だけを要求されて結局侵略される)。と言う判りやすいたとえだ。

しかし、現在の日本人の国語能力の低さをよく知っている連中は、それをいじめ問題にすり替えて麻生副総理を攻撃することにしたことはみんなが良く知っている通りだ。麻生さんの発言を「また失言」と報道していたテレビや新聞、雑誌は信用できないと言うことでOK、良い判断基準ができたと喜ぶべきなのかな。

またしても話が横道にそれたが、要するに憲法の改正には時間がかかるし、敵は待ってくれないってことだ。それどころか、日本がそうした国内法の整備に手間取っている時こそが日本を侵略するまたとない好機なのである。だから解釈改憲と言う裏技を使ってでも敵国を牽制せざるを得なくなったのだ。もちろんその責任は長い間責任政党であった自民党にあるし、安倍総理が自民党から出た首班としてその責任を果たそうとしている事は大いに評価できる。

憲法と言うものは法律を作るためのルールブックであり手順書である。だから当然周辺環境の変化に応じて改正して行く必要があるのだが、憲法改正に必要な実務的手続きすら定められないまま70年が過ぎたと言うのはあきれるほかない。

日本国憲法第九条について改正の議論を行うことすら悪とする風潮は大日本帝国憲法第三条「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」と同じように専制的な思想で、民主主義とは相容れないものだと俺は思う。

幸い日本の中でも憲法改正の機運が醸成されつつあるので、そう遠くない将来いい形にはなってくれるだろう。しかしそれが間に合うと困る国も存在するから、多少の無理は承知で突っ込んでくるかもしれない。その時日本国内で日本の国よりも外国を優先したがるような連中が力を残していたら最後の切り札、政府が裏で糸を引く相対喧嘩のクーデターで憲法を停止すると言う離れ業を使わざるを得なくなる。もちろんクーデターなんだから多少の流血もアリってことで・・・しかし国内がそこまで行ったら侵略に対する全面戦争は避けられないだろうな。それでも一方的に侵略されるよりはましだろうし。


日本は核武装すべし、とまでは言わない。もちろん持っても良いのだが、あれは維持管理に金がかかり過ぎるからねぇ。取り敢えず通常兵器だけで核戦力を持つ国に核兵器が使えなくなるぐらいのダメージを与えられる程度の戦力と交戦権を持つだけでいいだろうが、最低限その程度には日本を修理すべきだろう。

最後に、徴兵制について云々する時代遅れの連中がいるようだが、人数集めて鉄砲担がせれば戦争ができたのは大昔の話だ。現代の戦争に於いて徴兵制で集められた間に合わせの兵隊などは邪魔にこそなれ戦力になどならない。

もし現代において徴兵の可能性が残るとしたら、それは専守防衛の現状を維持した場合が一番高くなる。つまり戦闘スキルを持たなくても弾除けになってくれる若者で役に立つからだ。憲法が改正されないまま戦争が起きれば、かつての大戦末期に叫ばれたような「本土決戦」だけが現在の日本に許された戦争の形態ということになる。なにせ「専守防衛」なのだからな。

それでも下っ端の兵隊さんから指揮官に至るまで一人でも多くの市民を守るために戦うわけだ。だからその際「どれだけの数を守るのか」に重きが置かれるのは当然のことだ。彼我の戦力比が同等だったとしても非戦闘員を守る必要がある防衛側は侵略側に比して常に不利な立場になる。そうなると「市民を見捨てる必要性」も当然いっぱい出てくることになるだろう。

戦争が終わった時、軍人も市民も全滅していたら仮に敵を相打ちで全滅させたとしても国は復興しない。それなら市民全員を見殺しにしても軍人の半数を生き残らせて復興にあたる方が効率的だと考えるのは、国と言う大きなくくりで見た場合人道的だと言う事になる。戦争が終われば軍人も市民なのだから。

それに、今世紀において先進国間で大規模な戦争が起きるとすれば、一番安全なのは戦争の最前線になるであろうことは想像に難くない。訓練に金の掛かった兵員をしっかり守らないとコスパが悪いから。だから徴兵される心配より、志願しても採用してもらえないことの方を心配するのが本筋だと思うぜ。






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コメント
  • 2014/07/11 4:53 AM
「日本の弱さ」ってのは行動に「足枷」があるからじゃないかな。

潜在的戦力はかなり高い。

ただし演習にしても想定訓練にしてもガチガチに行政面で固められ不自由してるし、有事の時も「許可」が出るまで行動出来ない。

その許可にしてもホットラインや特別権限などの想定が甘い。(例えば近年では災害時の迅速な行政判断の遅れなど−少なくとも米国に比べて。。ですが)

亡命事件にしても足枷故、そしてシビリアンコントロールの要である当時の統治者の「決断力」が無かったからこそ「容赦無し」で撃墜が出来ない状況だった為に起こった事だと思います。(まぁ冷戦時代を考えれば迂闊に反応出来なかったのも分かりますけどね)。

その「足枷」を少しでも「軽く」するのが今回の目的じゃないのかな。。と。アメリカにしても早いとこ日本には「自立」して欲しいでしょうしねぇ。

そういう意味でも
>焦眉の急とも言うべき危機的な状況

瓦解寸前の所で早急に応急措置を取ったのは間違いないんでしょうね。

数年前からかなりきな臭い事になっていたのは事実(沖縄で海兵隊やってた教え子は何度も緊急対応状態にさせられたそうですし)。

しかし当時の政権が政権だっただけに日本からの対応が皆無。そりゃアメリカもうんざりするでしょう。

>徴兵制
もし仮に日本が一般人を徴兵しなければならない状況だとしたら、もう国家体制が終了が目に見えている時じゃないかなぁ。

ヘタしたら徴兵とかの前に民間ゲリラ兵士による統括支配への抵抗って感じになりそうです。

 

气さん>
こんにちは。

>行動に「足枷」がある
そうですね。ただ、問題は一般市民が足かせを自分ではめたがっていると言う精神的な部分も大いにあります。昔のプロテストソングに「首輪を付けるととても自由だ」というフレーズがありましたが、歌とは全く正反対のベクトルでその通りなんだと思います。

>「容赦無し」で撃墜が出来ない状況
当時はファントムのルックダウン性能の低さのせいになってましたね。まぁ、ファントムとフォックスバットじゃ性能に差があり過ぎたかもですけど。

>「足枷」を少しでも「軽く」するのが今回の目的
その通りだと思います。

>沖縄で海兵隊やってた教え子は何度も緊急対応状態にさせられた
こう言うことをもっと平和ボケの日本人に伝えられたらって思います。

>当時の政権が政権だっただけに
あれは大政翼賛会以上の「日本の黒歴史」ですよ。^^;

>民間ゲリラ兵士による統括支配への抵抗
日本人にその精神力が残っていると嬉しいんですけどね。

 

  • Arm_Chair_Alpinist
  • 2014/07/12 6:54 PM
>改正の議論を行うことすら悪とする風潮は大日本帝国憲法第三条「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」と同じように専制的な思想

福井晴敏氏のTwelve Y.O.では、「米国から見れば日本は12歳の子供」と書かれており、国際社会の中で12歳の思考しかできない二流国ということなでしょう。はじめは庇護者であった米国も、そろそろ自立して欲しいと思っている。平和主義を標榜して議論することすら非とするのは、まさに12歳の思考に他ならないですね。
集団的自衛権の閣議決定について方法論の是非はあると思いますが、膨張主義を実践している赤い旗の国の脅威に対応するために、とりあえず打てる一手として必要なステップでしょう。かの国は、わが国を「軍国主義の台頭」などと批判しながら、自ら侵略を実践しているのですから。

エンターテイメントですが、夏見正隆氏も内患や利敵政党のことを小説の中で語っています。専守防衛で本当に「日本の安全」は確保できるかというのが、この人の書く自衛隊ものの一貫したテーマです。

「戦争は外交の一手段である」ということ。「自分が殴らないと宣言しているから、相手も殴りかかってはこない」と信じ込むお人好しを、少しは考え直すときでしょう。

 

Arm_Chair_Alpinistさん>
こんばんは。

>12歳の思考
プレ中二病(笑)

>批判しながら、自ら侵略を実践
国際社会ではそれが標準ですね。

>「戦争は外交の一手段である」
まさにその通りです。

>「自分が殴らないと宣言しているから、相手も殴り
>かかってはこない」と信じ込むお人好し
私なら「殴り返してくる相手」と「殴り返してこない相手」、どっちかを殴れって言われたら、躊躇わず殴り返してこない相手を選びますけどね。(笑)

 

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