厳島神社

今回紹介するのは、平清盛公が貿易港のヤード拡大と船舶の暴風からの避難所を作るため、現在の兵庫県に建設した人工島に祀られたのが起源の神社である。ご祭神さまを清盛公が篤く信仰していた厳島神社から勧請したので、この神社の名前も厳島神社(いつくしまじんじゃ)と言う。

後に清盛公の母君を合祀し、いくつかの遷座を経て現在は京都御苑の中に鎮座されている。

しかし、およそ40ヘクタール弱の人工島ということは日比谷公園の二倍以上の面積だ。それを13世紀に作ろうとしたこと自体が驚異だな・・・しかも清盛公の没後ではあるがちゃんと完成してるし。

画像はクリックで別窓拡大する。


京都御苑の九条池の中島にこの神社は祀られている。現在は非常に小規模な神社だ。




この細い橋で神社のある島に渡る。




こちらがご社殿正面。ちょっと変わった形の鳥居だろ。

鳥居の笠木(上の横棒の上側)と島木(上の横棒の下側)が唐破風(からはふ)の形をしているところから

唐破風鳥居
からはふとりい

と呼ばれている。滋賀県にはかつていくつかあったそうだが、現在京都にあるのはこの一基だけだそうだ。京都三鳥居の一つに数えられている。

参考までに唐破風とは↓こういう構造物だ。




神社の参拝口に掛かっていることが多いよな。こうした形式は軒唐破風と呼ばれている。




こちらがご本殿を中に持ったご社殿。小さい御社殿なのでほぼこれが全体像だ。

ご祭神さまは先にも述べたが、広島県の厳島神社から勧請された宗像三女神(むなかたみはしらのめのかみ)さま、つまり

市杵島姫命 さま
いちきしまひめのみこと


田心姫命 さま
たぎりひめのみこと


湍津姫命 さま
たぎつひめのみこと


に、清盛公の母君である

祇園女御
ぎおんにょうご さま


を合祀している。




宗像三女神さまは神仏習合時代に弁財天(べんざいてん)さまと習合されていたので、このような絵画が奉納されていた。




こっちはご社殿裏の絵馬掛け。




宗像大社と言うか、弁財天様の神使は蛇。狛蛇さんがいるかと期待したが、残念ながら白蛇の絵馬が奉納されていただけだった。




そうそう、巷間祇園女御は清盛公の伯母(母君の姉)とされているが、この神社によるとこの神社に祇園女御のお名前で奉斎されているのは母君ご本人だそうだ。






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コメント
  • タヌキの子
  • 2014/03/15 8:54 PM
こんばんは〜
こちらの厳島神社、何年か前にお参り致しました。
小さいけど歴史を感じました。

 

タヌキの子さん>
こんばんは。

>何年か前にお参り致しました。
おぉ、そうですか。確かに歴史を感じさせる神社ですよね。

 

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