三宅八幡宮

この神社は三宅八幡宮と言うが、「みやけ」は屯倉から来たものだと言うから大化の改新以前からこの地は栄えていたのだろう。以前に崇道神社のところで紹介した通り、このあたりは小野氏が治めていて小野毛人の墓誌が出たりしている土地柄だからかなり古いことに疑いはない。

画像はクリックで別窓拡大する。


国道367号線からちょっと脇に入ったところにある一の鳥居。ここから民家の並ぶ細い参道を進むことになる。




境内入口に立つ二の鳥居。




三の鳥居。




楠木正成公の石像。



アップ。なぜここに大楠公の石像があるのかは判らないが、明治時代にはこの地において随分武勇の誉れを意識した行事などが行われたようだから、その一環かもしれない。




正面鳥居

両脇に注目。




狛犬さんならぬ狛鳩さん。吽形の位置には座った狛鳩さん。




阿形の位置には立った狛鳩さんがいる。

八幡神さまの神使は鳩なので・・・まぁOKだろう。




境内通路。人が正中を通らないように配置されている。






狛犬さんもいた。♪




比叡山麓から水を引いていると言う手水舎。美味しい水だった。




手水舎の屋根にもさん。さっきの狛犬さんを見下ろしている。




銅葺入母屋造軒唐破風向拝付のご本殿。もちろん八幡宮なのでご祭神は

誉田別尊 さま
ほむたわけのみこと

すなわち応神天皇である。




この神社はもともと崇道神社の境内社として飛鳥時代に創建されたようだが、鎌倉時代には現在地に遷座され独立した神社になっていたようだ。

また、祐宮睦仁(さちのみやむつひと)親王殿下が幼いころ重病にかかられたのだが、この神社で祈祷を行い回復されたと言うこともあったらしい。後の明治天皇である。

この神社は子供の守り神としてのご神徳があるので、そのゆかりもあったのかな。今でもこのようによだれかけに願い事を書いて奉納する習わしがあるようだ。




ご本殿の真裏にも本坪鈴と鈴緒が掛かっている。

どのような参拝のための物なのかはちょっと判らなかった。




紹介の順序が逆になったが、これは拝殿




手水舎の横に井戸があるのだが、裏に回ってみると奉納者の名前に九代目市川團十郎の名前があった。

江戸末期から明治にかけての名優成田屋である。今年の二月に十二代目が亡くなったので、当代は現在空席だ。




境内の隅にひっそりと建っている碑文。韓国を日本の一部として合併したことの報告を神さまに行ったという内容だ。皇国史観に基づくものなので、現代においては多少の違和感は否めないが、それでも基本的に植民地化ではなく、さらには今よく言われるような併合ですらなく、少なくとも神さまに報告する際にはより大韓帝国側の立場に立ち、対等な立場を言外に滲ませる合併という言葉を用いているのも面白いところだ。


韓国合併奉告祭碑
貴族院議員従二位勲一等男爵 北垣國道 篆額

明治四十三年九月二十九日詔合併韓国以普告内外於是山城国愛宕郡三宅八幡神社社掌氏子高野部落住民胥謀行奉告祭欲碑盛事以傳後昆介兼田郡長請文於予按吾帝国之有事於韓土遠訓神世其後日槍帰化任那来朝

神后于征三韓風靡為我内府世有汚隆時有変遷豊公撻伐我武維颺明治中興更締隣交救窮扶弱深加保蔭而邦運卼臲危機日逼韓皇有観大勢挙其邦土奉之於吾叡聖文武
(天皇の字を行頭にするための改行)

天皇(改行代わりの空白)天皇乃允其請以保東邦安寧救韓民危急於是韓国八域永為吾帝国版図矣従古広国拓地必用兵開戦骸積作山血流漂杵然後僅能平之今則施仁伏義事順名正大功乃成於戯盛矣哉本社祭神実為応神
(天皇の字を行頭にするための改行)

天皇(改行代わりの空白)天皇有大勲於韓土宜哉其奉告盛事以祝隆運也因記其事令以勒石嗟呼石也可朽盛徳大業亘万世而不泯

平安湯本文彦謹撰 山田得太拝書
明治四十三年天長節
鐫刻芳村茂右衛門


漢文なので完全訳は勘弁してくれ。大意としては

神代の時代から日本への帰化や合一が盛んであった韓国について、神功皇后の三韓征伐以来豊臣秀吉公の出征など様々な手法で韓国を支配しようととしてきたが、この明治の世になって韓国の国際的な安定感が著しく損なわれて来たので、支配ではなく思い切って韓国を日本と合併することにした。今後は安定した世の中になることを神に祈る。

ってな感じだろうと思う。多少の間違いには目をつぶるように。(笑)

当時は韓国の合併について、皇民の品質が著しく低下するという論拠で反対する意見が強かっただけに、歴史や国際的な意義に照らして韓国を合併するのが日本の義務だったと言うタテマエを国内向けに宣伝していたのだろう。




こっちは多少古いものの普通の和文だから紹介しやすい。^^;

戦利兵器奉納の記

(こ)れ明治三十七八年役(日露戦争)戦利品の一にして、我が勇武なる軍人の熱血を濺(そそ)ぎ大捷(たいしょう:大勝)を得たる記念物なり。茲(ここ)に謹んで之を献じ、以て報賽(ほうさい:お礼参り)の微衷(びちゅう:自分の真心)を表し、尚 [皇の字を行頭に持ってくるために改行]
皇運の隆盛と国勢の発揚を祈る。

明治四十年三月
陸軍大臣 寺内正毅




いろいろきな臭い物もあるが、今となってはそれも歴史の証人。大切に次代に伝えて行かなければならない。

そう思っていたら金木犀が香ってきた。まだ開花していなくても香りだけは先行するようだな。

 


参道の茶屋。

鳩餅ってどんなのだろうと思ったが10個入りで900円・・・夫婦二人で食べられる量じゃないし、そもそも俺の場合餅は厳しい。orz




境内には小滝や噴水もあってなかなかに気持ちのいい場所である。






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今日の二十四節季 10月8日 寒露
(かんろ)


今日の七十二候 10月8日 鴻雁来
(こうがんきたる)


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コメント
うちの近所で金木犀咲いてましたが
ちょっと離れた場所で匂いは
わかりませんでした。

ショウさんの写真のiPhone壁紙を
紹介したのですが、ロック画面が
以前頂いた、晴明の井戸の画像だったので
お断り無く紹介させて頂きましたm(_ _)m

マンガで読む古事記のムックを
買ったので神案内を読む手引きに
なりそうです!
柳田邦男の古事記の本は読み掛けのままで
マンガや図版が豊富だとわかり易さの
レベルが違いますね。
改めてマンガの偉大さに気付きます。

 

beautyhelpさん>
おはようございます。

>晴明の井戸の画像
ご紹介ありがとうございます。

>マンガで読む古事記のムック
ほぉ、それは面白そうですね。神話系については記紀ってことになるのですが、同じ神様の表記の仕方が古事記と日本書紀では異なるので混乱しやすいんですよね。

強いて言えば古事記は万葉仮名的表現、日本書紀は漢文的表現とでも申しましょうか・・・

稲荷神さまである「うかのみたま」のみことさまは、古事記では宇迦之御魂と音を当てる方式ですし、日本書紀では倉稲魂と意味を漢字で表し、読み方は和文と言う方式です。

>改めてマンガの偉大さに気付きます。
図版の強みは漫画で最大に発揮されますよね。

 

  • ひなたぼっこねこ
  • 2013/10/09 12:43 AM
鳩餅…( ̄+ー ̄)。
いつかお味を確認しにいかねば、
それまでは鎌倉の鳩サブレにしよっと♪

 

ひなたぼっこねこさん>
こんにちは。

>鳩餅…( ̄+ー ̄)。
あはは・・・

>鎌倉の鳩サブレに
あはははは・・・

腹減った。w

 

  • Maryam F D
  • 2013/10/09 9:52 PM
とっても気持ちよさそうな場所ですね〜。
手水舎、小滝、噴水・・・なんかお水のある場所が
い〜〜〜〜い感じです!

 

Maryam F Dさん>
おはようございます。

>手水舎、小滝、噴水・・・なんかお水のある場所が
>い〜〜〜〜い感じです!
はい、この神社の空気感は水に支配されているように感じます。まだまだ暑さの残る日本ですが、この神社の境内は流れる水の中にいるような清々しさがありましたよ。

 

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