中山神社

前回は繁華街のど真ん中だったが、今回は比較的中心部ながら住宅街にある小さな神社を紹介する。

ロケーションはやはり蛸薬師通近辺だが、二条城東側を走る堀川通の一本西、岩上通に面している。

画像はクリックで別窓拡大する。


正面鳥居社号標、そして狛犬さん。非常にコンパクトにまとまっている。

鳥居の扁額には、地名の由来となった岩上宮の文字が見える。前の通りも岩上通だし、所在地も京都市中京区岩上町だ。




境内にあった手水鉢。水の供給元が見当たらない…




境内には「長壽御禮」の文字が刻まれた献灯があった。きっと地元のお年寄りからの奉納だろうと思う。




ご本殿は小さいながら銅葺一間社流造に千木と鰹木がしつらえられたものだ。

平安遷都の折、桓武天皇の勅命による建立だそうだ。ただ、建立当時はもう少し北の方にあったらしい。その後、桓武天皇の第二皇子であった嵯峨天皇が、譲位後の後院・冷泉院の鎮守としてお祀りされていたようだ。

江戸時代直前の1602年に、二条城築城のために現在地に遷座されたが、18世紀終わりごろの天明の大火で消失したそうだ。その後同じ場所に再建されたのがこの神社だが、おそらく規模はずいぶん小さくなったのだと思う。

なお、順番が前後してややこしいが、この神社の名前は、当地が鎌倉時代の内大臣・中山忠親卿の邸宅跡だからだと言う。つまり、二条城築城に伴って統治に遷座されてきた折に命名されたということだな。おそらくならそれまでは「鎮守さま」と呼ばれていたのじゃないかと思う。





ご祭神さまは

素戔嗚尊 さま
すさのおのみこと


を主祭神さまとして、

櫛石窓神 さま
くしいわまどのかみ

豊石窓神 さま
とよいわまどのかみ


の二柱を配されている。この神様は、大きな神社の楼門にも随神さまとして武装して座っておいでであるのを見たことがあるだろう。門を守護する神様なのだ。

そして、この神様の名前から「岩神宮」、そして「岩上宮」となったのだそうだ。






末社、稲荷社




境内から裏に出たところには、小さな如来堂があった。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

 

アクセス数

7月のアクセス数: 72,798 
6月のアクセス数: 70,447 
累計アクセス数:3,028,703 
2013年4月1日〜2018年7月31日 


プロフィール


 管 
  

  
 
  スピンオフサイト: 

俺と糖尿病の15年戦争 
2015-09-29更新 



にほんブログ村最新記事

おすすめコンテンツ


カレンダー

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

最近のコメント 10件


健康向上♪

 送料無料! 

iHerb なんと$40以上の購入で
・アメリカから送料無料!
・購入金額の5%off!!

↑終了日未定早い者勝ち!!↑

このバナーからの初回注文は
最大25%OFF!

表示中のエントリー

カテゴリー一覧

月別記事庫

記事情報

最後に更新した日:2018/08/19

サイト内検索

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM