東寺寺内社 鎮守八幡宮

九条通を通っていて、東寺の塀に目が行った。

画像はクリックで別窓拡大する。


南大門の手前に、銅葺の屋根が見えている。おまけに木部が朱塗り

これはおそらく寺内社だろう。気づいたからにはお参りしなくては。(笑)
(寺院建築は原則として瓦葺・木地・土壁)




南大門をくぐり、正面の金堂に向かって左手、朱塗りの玉垣が見えている。




明神式の鳥居、入母屋造の拝殿。東寺鎮守八幡宮である。

寺内社と言う位置付けからだろうか、西向きにお祀りされていた。と言うか、お寺だからと言って西向きってのもないよな。確か西向きにお祀りするのはお薬師様だったと思うが・・・自信はない。w

ご由緒書きによると、創建は796年とも810年とも伝えられているようだ。その後、南北朝時代に足利尊氏がここ東寺に陣を張り、新田義貞と戦って勝利を収めたらしい。

なんでもこの鎮守八幡宮から飛んだ一本の鏑矢が勝利を決めたのだとかなんとか・・・

その後尊氏公による東寺の保護にあいまって鎮守八幡宮もずいぶん栄えたとある。






手水舎




ご神木の楠。




拝殿
は入母屋造の回廊構造になっている。正面側には短い別庇が接続される構造だ。

この社殿の建物群は明治元年に焼失して、100年以上も復興できなかったらしい。平成になって123年ぶりに再興されたと書いてあった。




銅葺三間社流造のご本殿。

ご神体は僧形八幡神さま坐像一躯と、女神さま坐像二躯とある。寺内社なのでそうした形なのだろう。なんでも、弘法大師手ずから彫り上げられたものだとか・・・

僧形八幡神さまは、第15代応神天皇の
誉田別尊 さま
ほんだわけのみこと


女神さまはおそらく誉田別尊さまのお母さまである神功皇后、すなわち
気長足姫尊 さま
おきながたらしひめのみこと

と、宗像三女神さまの総称である
比売神 さま
ひめかみ


なのだろうと思う。

さて、寺内社は他にもあるが、今日はここまで。続きは明日以降に。






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