初夏の晴明神社

ちょっと早いかなと思ったんだが、お参りに行ってみたら咲いていた。

 

画像はクリックで別窓拡大する。

 

桔梗の花。まだ2輪だけだが夏の色だった。


 

晴明桔梗紋と呼ばれるペンタグラムを神紋に掲げる晴明神社では、桔梗の花が咲いている間だけ授与してもらえるお守りがある。

 

これがその「ききょうまもり」と「桔梗土鈴」。うちわはお守りのオマケ。

 

4年前に神社を紹介した時にも桔梗の季節だったが、7月だったんだよな。



 

久しぶりに行ったら、なんか境内が整備されてきれいになっていた。




 

拝殿正面は変わっていないが、相変わらずよく整えられたきれいな境内だ。




 

ヤマボウシもまだまだ花盛りには少し早い。





4年前に少し紹介した、陰陽師グッズのお店は潰れて、駐車場になっていた。まぁ、ムリもないかな。w

 


 



にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 

 

 

 


 

JUGEMテーマ:神社仏閣




            

上御霊神社・再訪

山城の会長からリクエストがあったので、春眠にとらわれてボケっぱなしのマナコをこすりながら出かけてきた。

 

この神案内も、メジャーなところは行き尽くした感があるので、今後は再訪が中心になるだろう。

 

まずは俺の産土神様のお社である、上御霊神社からだ。再訪と言っても、毎年一初のころには、見に来ているので、あまり久しぶり感はないけどな。

 

画像はクリックで別窓拡大する。

 

京都御所から下賜されたと言う、入母屋造の御本殿。斜め後ろから見たところだ。

 

ご祭神様については前のエントリを見てくれ。


 

 

幣殿を通して見る、御本殿正面。随神様や金の狛犬さんが見える。


 

 

幣殿天井に設えられたあかり。


 

 

御本殿向かって右側にある清明心の像。1979年の国際児童年の時に作られたそうだ。

 

子供のヘアスタイルが中国っぽいのは、北宋の学者で温国公の爵位を持つ司馬文正公 の幼少の頃の逸話を形にしたものだからだ。

 

幼い文正公が友だちと遊んでいた時、満水の水甕に一人が落ちたそうだ。慌てふためく友人たちを尻目に、大きな石で水甕を叩き割って友人を救い出したのだという。

 

でも、なぜ文正公だけが金太郎さんスタイルなのかはナゾ。w


 

 

 

末社・福寿稲荷神社。

 

お金持ちになりたいです♪


 

 

末社・神明神社


 

 

末社・三十社

 

建物が長い。


 

 

その右端の2社。

 

多分、賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)なのだろうと思う。


 

 

摂社・八幡宮

 

おそらくこれが花御所八幡宮なのだろう。室町幕府の中にあったお社の流れだ。


 

 

末社・六社

 

こちらは中に独立した6つの社殿がある。


 

 

その中央の社殿だが、扁額が古くなっていて読めない。


 

 

拝殿には花が活けてあった。向こう側に見える唐破風は、御本殿の正面だ。


 

 

こっちは拝殿の御本殿側。やはり生花が奉納されている。


 

 

境内の桜の木は、まだつぼみも硬い。


 

 

一初はやっと芽を出したところ。


 

 

藤はまだまだ枯れ木状態。

 

 


 



梅はフルパワーで満開状態。

 

 

 

梅の隣には何か新しい苗木が植えてある。


 

 

栗だそうだ。ぽろたん♪

 

よく見ると、電子レンジで加熱すると渋皮がむけやすくなるんだとか。でも、ヤバくないか、それ?w


 

 

そうそう、なんか妙に観光客が多くなっている。それに「この石碑は南側にあるよ〜」って、あっちこっちに張り紙がしてあった。


 

 

こっちの石碑はあまり人気がないのかな。室町幕府=花の御所というイメージはあんまりないのかもしれないな。


 


昨年から5年がかりで御社殿の修造に入っているらしいが、この牛車を入れておく御車庫はすでに新しくなっていた。牛は入っていない。

 

 


 



にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 

 

 

 


 



            

大原野神社

京都市西京区にある大原野神社(おおはらのじんじゃ)は、二十二社の中七社に列せられている由緒ある神社だ。

 

もともとは桓武天皇の長岡京遷都に伴って、西暦784年、皇后の藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)さまが奈良の春日大社から神霊を勧請されてお祀りされたのが始まりだそうだ。その後、西暦850年に桓武天皇の曾孫にあたる文徳(もんとく)天皇が社殿を建立されたらしい。

 

画像はクリックで別窓拡大する。


 

一の鳥居と社号標

 

社号標には明治の社格制度に基づく「官幣中社」の文字が見える。官幣中社とは官幣大社に次ぐ神社の社格で、国幣大社と並ぶ2番目にあたる。官幣社だから朝廷の神祇官を通じて国から奉幣を受ける神社と言うことになる。

 

だから、境内には天皇陛下(内廷にある皇族の皇后陛下や皇太子殿下・雅子妃殿下・愛子内親王殿下を含む)からの奉幣を受けた旨の札が立っていた。





神域は山林なので、少し階段を上がることになる。

 

階段を上りきったところには二の鳥居が見えている。



 

さらに木々の間を抜けて行くと、遠くに朱塗りが見えている。

 

しかし、その手前には鯉沢の池と言う池があって、杜若や睡蓮が咲くのだ。



 

スイレン属ヒツジグサ種、自生しているようだ。




 

玉垣と鳥居



 

手水には鹿の像が鎮座。春日大社と同じだな。


 

神門。連子窓のはまった回廊の真ん中に設置されたシンプルな薬医門だ。




 

狛犬さんならぬ狛鹿さん。オスとメスのようだ。


 

幣殿とご本殿

 

ご本殿は檜皮葺一間社春日造の社殿が4棟並ぶ、春日大社と同じ形式のものだ。向かって右端が第一殿になる、

 

ご祭神さまも春日大社と同じだが、お名前の表記や呼び方が少し異なる。

 

第一殿

雷神であり武神、相撲の神様でもある

武御賀豆智命 さま

たけみかづちのみこと

 

第二殿

剣の神様である

伊波比主命 さま

いわいぬしのみこと

 

第三殿

岩戸隠れの際にも活躍された、祝詞と出世の神様である

天之子八根命 さま

あめのこやねのみこと

 

第四殿

天之子八根命さまの妻の天美津玉照比很拭覆△瓩里澆弔燭泙討襪劼瓩里澆海函砲気泙任△

比彗膺 さま

ひめのおおかみ

 

の四柱だ。



 

末社・祓戸社(はらえどしゃ)

 

おそらく瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)さまをお祀りしているのだと思う。

 

本来ご本殿参拝の前にお参りするべきなのだろうが、判りにくい場所にあったので、あとから参拝することになってしまった。


 

向かって右から、

 

末社・八坂社。ご祭神さまは素戔嗚尊(すさのおのみこと)さまだと思う。

 

末社・稲荷社。ご祭神さまは倉稲魂命(うかのみたまのみこと)さまを筆頭とする稲荷神さま。

 

末社・八幡社。ご祭神さまは誉田別尊(ほんだわけのみこと)さまを筆頭とする八幡神さま。

       そして、同じ社殿に藤森社と白髭社が相殿されている。




 

摂社・若宮社

 

ご祭神さまは天之子八根命さまの御子神さまである天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)さまだ。



 

末社・地主社

 

どこの神社にもある末社で、現在の神様をお祀りする前からこの土地を守護されていた神さまをお祀りしている。


 

洛西の山麓にあるこの神社は、緑に囲まれた良いロケーションだと思う。

 

JUGEMテーマ:神社仏閣

 

 


 



にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 

 

 


 



            

中山神社

前回は繁華街のど真ん中だったが、今回は比較的中心部ながら住宅街にある小さな神社を紹介する。

ロケーションはやはり蛸薬師通近辺だが、二条城東側を走る堀川通の一本西、岩上通に面している。

画像はクリックで別窓拡大する。


正面鳥居社号標、そして狛犬さん。非常にコンパクトにまとまっている。

鳥居の扁額には、地名の由来となった岩上宮の文字が見える。前の通りも岩上通だし、所在地も京都市中京区岩上町だ。




境内にあった手水鉢。水の供給元が見当たらない…




境内には「長壽御禮」の文字が刻まれた献灯があった。きっと地元のお年寄りからの奉納だろうと思う。




ご本殿は小さいながら銅葺一間社流造に千木と鰹木がしつらえられたものだ。

平安遷都の折、桓武天皇の勅命による建立だそうだ。ただ、建立当時はもう少し北の方にあったらしい。その後、桓武天皇の第二皇子であった嵯峨天皇が、譲位後の後院・冷泉院の鎮守としてお祀りされていたようだ。

江戸時代直前の1602年に、二条城築城のために現在地に遷座されたが、18世紀終わりごろの天明の大火で消失したそうだ。その後同じ場所に再建されたのがこの神社だが、おそらく規模はずいぶん小さくなったのだと思う。

なお、順番が前後してややこしいが、この神社の名前は、当地が鎌倉時代の内大臣・中山忠親卿の邸宅跡だからだと言う。つまり、二条城築城に伴って統治に遷座されてきた折に命名されたということだな。おそらくならそれまでは「鎮守さま」と呼ばれていたのじゃないかと思う。





ご祭神さまは

素戔嗚尊 さま
すさのおのみこと


を主祭神さまとして、

櫛石窓神 さま
くしいわまどのかみ

豊石窓神 さま
とよいわまどのかみ


の二柱を配されている。この神様は、大きな神社の楼門にも随神さまとして武装して座っておいでであるのを見たことがあるだろう。門を守護する神様なのだ。

そして、この神様の名前から「岩神宮」、そして「岩上宮」となったのだそうだ。






末社、稲荷社




境内から裏に出たところには、小さな如来堂があった。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

武御前社

今回はちょっと変わった形での神社紹介だ。

画像はクリックで別窓拡大する。


小さな石造りの鳥居の前には松尾祭の幟が立っている。




扁額には武御前社(たけのごぜんしゃ)とある。




一間社流見世棚造の小さなご社殿。お祀りされているのは

武甕槌神 さま
たけみかずちのかみ


である。鹿島神宮から春日大社に神鹿にのってお越しになった神さまだ。雷神であり武神である神様で、この神社には地域の産土神さまとしてお祀りされている。





実はこの神社、松尾大社の西七条にある御旅所の中に鎮座されているのだ。




こちらが西七条御旅所のご社殿前。ご本殿に相当するご社殿は、一間社流造の物がこの奥にあるのだが、どうしてもうまく写せるアングルがなかったので断念。








ちょうど松尾祭の最中なので、お神輿が3基、神輿庫に置いてあった。還幸祭は来週の土曜日なので、あと1週間は神様がここにおられると言う事だ。




境内もささやかながらお祭り体制に入っていた。神幸祭と還幸祭の折には、前の道路を規制してずらっと露店が並ぶけどな。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

岬神社

今回は京都の繁華街のど真ん中にある小さな神社を紹介しよう。

氏子地域が、三条通〜先斗町〜四条通〜新京極通に囲まれたエリアだということだ。

画像はクリックで別窓拡大する。


神社の名前は岬神社。もともと鴨川中洲の突堤に祀られたことからこの名が付けられたそうだ。

江戸時代になって、土佐藩の京屋敷に遷してお祀りしたことから、土佐稲荷の別名も持っている。




社号標を兼ねたユニークな形の献灯




鳥居は敷地に入ってから、拝殿前に建っている。右側は土佐藩ゆかりの坂本龍馬像。

ゆかりと言うにはちょっとビミョーな立ち位置の人物ではあるが。




拝殿。




こちらは幣殿と言って良いのだろうか。奥の扉がご本殿の扉だ。

ご祭神さまは二柱。

稲荷神のセンターポジション
倉稲魂命 さま
うかのみたまのみこと

土佐稲荷の名前が付けられたのは、この神様をお祀りしているからだ。

もう一柱は
石栄神 さま
せきえいのかみ

どのような御神格かは判らなかった。




この道は蛸薬師通。河原町から木屋町を望む方向で見ている。

夜はにぎやかだぜ。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

御所八幡宮

久しぶりの京都『神』案内だ。

寒かったから炬燵狸になってたんだが、啓蟄を過ぎて2週間余り、そろそろ動きだそうかなって思ってな。

画像はクリックで別窓拡大する。


で、どこにしようか迷った挙句、京都市中心部の神社に決めた。社名は御所八幡宮(ごしょはちまんぐう)

決して新しくはないが、京都としてはそれほど古くもない神社である。創建者は足利尊氏公。




もともとは13世紀ぐらいに、石清水八幡宮からご祭神さまを勧請して、邸内のお社として祀られていたらしい。それをその後足利尊氏公が建武(延元)の乱ののちに境内を整備、440m四方ぐらいの境内に八棟造(北野天満宮と同じ構造)の壮麗な社殿を設けたとある。

その後、だんだん衰退していった上に、太平洋戦争時の家屋疎開によって境内地を失い、現在のこじんまりしたところへ遷座されたと言うことだ。

京都市は戦時中、空襲によって街全体に延焼するのを防ぐため、御池通と五条通に面した家屋を立ち退かせ、広い通りで市街地を4分割した。それが家屋疎開であり、空襲被害がほとんどなかった京都の中で御池通と五条通だけがそれなりの広さを持っている原因でもある。




鳥居をくぐると小さな手水舎




そして、なぜか西向きに建つ神門と瑞垣。もちろん中にあるご本殿も西向きだ。




神門の格子からご本殿を除かせていただいた。銅葺の一間社流造である。もちろんご祭神さまは

第15代応神天皇の
誉田別命 さま
ほんだわけのみこと


第14代仲哀天皇皇后で応神天皇の母君である神功皇后こと
気長足姫尊 さま
おきながたらしひめのみこと


宗像三女神さまである
比売神 さま
ひめかみ


である。八幡神さまの基本ユニットだな。




境内社・ 高良社

石清水八幡宮の頓宮近くに持摂社として存在する、 高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)様をお祀りするお社だ。




こちらは稲荷神社形式の瑞垣と鳥居に囲まれた境内社。

向かって左は三社。

猿田彦社・金刀比羅社・大宮姫社である。

向かって右は初音稲荷社だ。多分ミクさんとは何の関係もない。w




その瑞垣の脇にひっそり佇む天満宮社

それでも臥牛さんがちゃんといて、撫で繰り回されたせいか、ボロボロになっている。




これは「皇太子殿下御成婚記念碑」だ。横を見ると昭和34年とあるから、今上陛下のご成婚記念だった。




神社西側の高倉通側入り口。鳥居はないが、神門瑞垣が正面に見える。

そうそう交通だが、車で来るのなら市営御池地下駐車場を利用すればいい。30分250円は中心部にしちゃ良心的な設定だ。御池通の地下に1kmくらいある駐車場なので、1D-05〜12くらいに停めると便利だ。P-7EV・堺町通り南側出口エレベータで地上に出ると、最初の写真の風景が見える。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

北野天満宮末社 伴氏社

以前、北野天満宮のエントリで少し紹介したが、末社・伴氏社(ともうじしゃ)には、ちょっと変わった鳥居があったり、神仏習合の時代の流れを汲んだりしているので、改めて紹介したい。

画像はクリックで別窓拡大する。


伴氏社は、北野天満宮の表参道に面して祀られている。門に到達するちょっと手前だ。

金柑の木に覆われるように、その鳥居は立っている。なんでも鎌倉時代のものだということだから、相当に古いと言えよう。




ご社殿は小さいながら一間社流造のきちんとした形式のものだ。

お祀りされているのは菅原道真公の母君である。母君は個人名は残されていないが、伴真成の娘さんだったらしい。伴真成は、それまで大伴氏と呼ばれた氏族が、即位した親王と諱がかぶるのを避けて、伴氏と改めたタイミングの世代だったようだ。

そのことから、この神社は伴氏社と呼ばれている。




さて、鳥居だ。見ての通りの石鳥居だが、上の横棒は反っており、二段になっている。石造りだから一つの石から削り出されているとは思うが、上段を笠木、下段を島木と言う。下の横棒は貫と呼ばれていて、中央部で上下をつないでいるのは額束と言う。神号や社号を記した扁額を取り付けるベースになるものだ。

よく見ると、貫は柱で止まっていて、左右に突き抜けていない。一般に貫が柱を貫通しないのは「神明式鳥居」系統の鳥居だと言われる。標準的な神明鳥居を見てみよう。




このように実にシンプルだ。島木がないし、笠木は反っていない。そして額束もない。

一方、神明式鳥居系統でも上の横棒が二段になっているものもないわけではない。




パッと見た目には、朱色と言うこともあって、お稲荷さんなどの明神式鳥居の系統に見えるが、これは上の神明鳥居のバリエーションだ。城南宮鳥居と呼ばれている。まさに、その城南宮で撮影したものだが。w

神明式鳥居の共通要素は貫が柱を貫通せず、額束と島木がなく笠木が直線であることだ。城南宮鳥居は島木があるところと島木・笠木がそっているのがイレギュラーだな。




一方、この伴氏社の鳥居は、形式としては城南宮鳥居に額束を設けた形になっているのだ。なので、むしろ明神式鳥居の貫が貫通していないだけと言えなくもない。

しかし、さらにイレギュラーはあるのだ。年月のせいで下にずり落ちてきているが、額束は島木を左右に分断する形で組み立てられている。一般の額束はこうはなっていない。





これが一般的な明神式の石鳥居だ。見ての通り、額束は島木と貫の間に挟まれるように設置されている。さらに貫は柱を貫通し、貫には楔が打ち込まれている。(石鳥居だからそういう形に作られているだけだが。)




この部分は以前にも紹介したが、鳥居の柱の礎石が蓮台になっている。明らかに仏教の影響を強く受けているようだ。時代からしても、神仏習合時代だからこうしたことも当時は普通にあったのだろう。

何にせよ、イレギュラーだらけだから、京都御苑にある厳島神社唐破風鳥居蚕ノ社にある三柱鳥居と並んで、京都三鳥居の一つに数えられている。




これは伴氏社のすぐ隣にあるお寺、東向観音寺だ。本地垂迹思想で天神様は複数の仏さまの化身とされているが、そのご本地仏の一身、十一面観世音菩薩様をご本尊としているそうだ。お寺のことはよく知らないが、京都におられる時は文殊菩薩様で、九州の時が十一面観世音菩薩様だったような記憶もあるのだが…ま、いいか。w




そのお寺の中には、菅原道真公の母君の廟所がある。やはり密接なつながりがあるようだ。この宝塔は、江戸時代までは伴氏社のところにあったそうだが、明治の神仏分離に伴ってこのお寺へと移設されたそうだ。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

北野天満宮の御土居

昨日の梅苑に続いて「御土居」である。

楽天ブログ時代に、玄琢付近の御土居について紹介したことがあったと思う。御土居と言うのは京都を羅城(要塞都市としての都)にするための防壁だ。高さは5メートルくらい、堀の深さが4メートルくらいなので、巨人が出たら超大型でなくても楽勝で超えられてしまう。(笑)

秀吉公が築造されたのだが、全周25キロぐらいの「壁」だ。今では遺構として市内に点在しているだけだがな。その一部分がこの北野天満宮の神苑になっている。

画像はクリックで別窓拡大する。


昨日の茶菓接待処の裏手に出ると、すぐ御土居の上だ。向こうの方には朱の欄干が見えている。






これは茶室の梅交軒に設けられた舞台で、御土居の外側にあるお堀の役目を果たしている紙屋川を見下ろす形になる。

この辺りはもみじが美しく、天神さんのもみじ苑として、秋にも梅の時期と同じように公開される。茶菓接待付きで700円だそうだ。(笑)

夜にはライトアップもあると聞いているので、覚えていたらまた撮りに来よう。




少し進むと御土居を下りる階段がある。




その下には鴬橋。特に古いものではなく、昭和の初めに架けられたのが戦前の大雨で流失していたあとは放置されていたらしい。21世紀に入ってから、このもみじ苑開苑に伴って再建されたのだそうだ。




御土居の上に戻ると、ご本殿の屋根が目前に見える。




これは御土居の大欅で「東風」と命名されている。樹齢は600年と言うから、御土居が築造された時にはすでに樹齢100年を超える大木だったのだろう。だから、そのままここに立っているのではないかと思う。




大木とくればお約束のアングルを一枚だよな。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 



            

梅と言えば北野天満宮

白猫会長の写真に触発されて天神さんに行ってきた。

画像はクリックで別窓拡大する。


さすがに早咲きの梅しか咲いてないが、今年は暖かい日が多かったせいか、この時期にしては例年より咲いているように思う。




ピンクの八重は華やかだねぇ。




すごくいい香りがすると思ったら、これは蝋梅だろう。梅じゃなくてクスノキの仲間らしいが、良いものは良い。




紅梅♪






青空に映える紅白の梅。




実は700円を奮発して梅苑に入ってきたのだ。上の縦向け写真2枚は梅苑のものだ。




茶菓接待付きと謳ってあったが、まぁ、値段が値段だけにあまり期待はしていなかった。




梅昆布茶と麩菓子みたいな煎餅。一応ちゃんとした和菓子屋さんのものだから味は悪くない。

今日はここまでにしておくが、もう少し花以外の写真も撮ったので、明日以降に紹介しよう。

 
 


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都(市)情報へ   ←応援ぽち、よろしくお願いします。m(_ _)m
 


 
 
今日の七十二候  2月9日 立春次候:黄鶯睍
 




 

アクセス数

5月のアクセス数: 65,479 
4月のアクセス数: 59,672 
累計アクセス数:1,988,342 
2013年4月1日〜2017年5月31日 


プロフィール


 管 
  ⇒ twitter
  ⇒ facebook
  ⇒ 楽天プロフィール
  スピンオフサイト: 
俺と糖尿病の15年戦争 
2015-09-29更新 


にほんブログ村最新記事

おすすめコンテンツ


カレンダー

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>

最近のコメント 10件


健康向上♪

 送料無料! 

iHerb なんと$40以上の購入で
・アメリカから送料無料!
・購入金額の5%off!!

↑終了日未定早い者勝ち!!↑

このバナーからの初回注文は
最大25%OFF!

表示中のエントリー

カテゴリー一覧

月別記事庫

記事情報

最後に更新した日:2017/06/27

サイト内検索

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM